常夜灯は消した。毛布とシーツの間に転んで首まで毛布を引き上げる。毛布の上には羽毛布団を載せている。以前テレビの教養バラエティ番組(という表記で伝わるか?)で毛布の方を上に被せたほうが保温性が高くなると紹介されていたのを思い出す。冬が来るたびにだ。やや鬱陶しい。そして私はこれを知って五回以上は冬を迎え、越したが、一度もテレビの言った通りにしたことがない。羽毛布団の感触が嫌いだからだ。
今夜も大好きな毛布の下で足を撫でるように動かして毛布感を味わいながら目を瞑る。ひと月弱の間不安定だった情緒が落ち着いてきたおかげで、この二日は明日を失念したようになって眠りに就ける。
窓は夏の名残で開いていた。三センチほど、隙間がある。
そこから誰かの話す声が入り込んでくる。声はベッドに横たわる私の耳より上方から聞こえるようだ。ここは二階なのに。
「暇だろうから来てやった。なんか話せ」聞き覚えのあるような声で言った。何様なのだろう。夜なんだから寝させてほしい。
「恋がしたい」
「ケッ」
唾棄だ。唾棄の反応だった。網戸の嵌って無い方の窓ガラスが執拗く叩かれる。気分を害したらしい。煩い。
「ときめきがほしい」
「ときめけば?」
「チッ」
私は喉が痛くなるのを承知で獣が威嚇するときの声音で相手の声を妨害した。うう、ううと濁った音を痛みなく発するための力む位置を考えていたら、自分は頭痛に苦しんでいたんじゃないかと思えてきた。唸るのをやめた。僅かに頭が疼く気がする。舌打ちをした。窓の外からも同じ音が聞こえた。
「既成価値に亀裂の入る瞬間がほしい」
「言い換えだなわかってるぞ。ずっと同義のことしか言ってない」
「未知にジャブ食らわされて受け身を取れずに吹き飛ばされたいよーうおおん」
「寝ろ」
私のレム睡眠に望みを満たすシチュエーションを構築してくれるのかもしれない。完全に世迷った期待をした。目を閉じた。網戸の動く、質量の軽い音がした。なんだ、侵入しようとしている? 脳に働きかけるためか。足で毛布を撫でた。
ばん、とひとつ怒号のような音が響いて、それきり風の鳴る音が聞こえなくなった。窓を見ると、網戸が別の怒号を立てる瞬間だった。
夢を見た記憶のない、よくある朝が来た。窓はぴちりと閉まっている。もしかすると、昨晩自分で閉めたのじゃないかと首を傾げる。馬鹿だから本当のところがわからない。