あっめえの書こやー。
驚いた弾みに声が漏れる。あっ、という自分の声で顔に血が昇るのを感じながら、急いで手帳をひったくる。相手はしゅんとしたように肩を窄めて頭を傾け、あざとさをひけらかしている。しかしこの手帳は私の物である。覗きに遭っていたのを取り返したまでである。正当防衛。しょげても折れるつもりはない。
「私はいいが、私のを見るのは駄目だ。いや、これは駄目グループだ」
「どれがOKグループか知らんし。あんた全員の日記見とるくせにご都合主義とは、そんなに偉いか?」
「私の日記は見てもいい。だから私は他人の日記を見てもいい」
「ざけんな」
肩を拳で突かれた。ヒイヒイ言って腹を抱えている。引き出しは鍵掛けてその中に日記を入れんと…と周囲と共有している。収まらない笑いをそのままに喋っているのでかなり聞き取りづらい。それに、
「鍵掛けても開けるが?」
「プライバシーねえのか」
「ここ私的な空間じゃねえのでね…」
私は手帳のクリップを留め直し、席に戻った。どやどやと人の塊が迫ってきた。なかなか早い。ゆっくりネタを吟味できるかと思っていたが、その時間は無さそうだ。日記を覗かれたことに対する抗議が始まる寸前、私は視界奥を指差した。抗議団よりも遥か向こうである。一同は揃って後ろを向く。
「あの金魚、死んだ?」
いやいや、逃げるつもりは無いんだが、急にあれが目に付いて、気になって、聞かずに居れなかったというだけで、深い意味は無い。全く無い。あ、生きてる? そう、ふーん。で、日記の件だけど、見ていいから。つうか見られたくないなら書かなきゃいいんじゃないの? 私も書くのやめよかな…溜めがちだしなあ。
「おい」
「はい?」
「多勢に無勢って知ってるか」
どこが甘いんだよ