舞う砂埃で喉が詰まる。ただでさえ肺活量が低下している身体には酷だが、空気のましな場所を探して動き回る力も残っていない。指先がふと反応したことに奇跡を感じている。視界の内に腕があるから確認できるのだ。動かしている感覚はほとんどない。歯医者で麻酔を打たれたときを思い出した。
横たわる腕の向こうに、点々と同類が転がっているのが見える。塞がれた天井が軋み、砂埃が降ってくる。どうせ大破が落ちなら建物ごと持っていってくれりゃ呼吸しやすかったのに。
「なあ、おい。おーい、聞こえてるだろ、胸動いてんぞ」
「……ちっ」
横を向けるだけの力があったら俺に背中を向けていたと言いたいらしい。眉間に皺を寄せて、舌打ちに肩当てに暴言のラッシュを浴びせてくる。そんな回顧に落ちていた。奴は安堵ともとれるため息を吐いた。静かなものだった。悪態をつく元気も無いのだ、と痛感した。自分も根こそぎ気力を奪われていた現実が覆い被さる。
「なあ、俺、お前の作るスープが大体嫌いだったよ。ミネストローネとか、ポタージュとか、あ、澄ましは悪くなかったかな。塩辛かったけど」
この間のミネストローネは酸味が強いのが失点だった。ナポリタンを作るときと同じように、ケチャップを加熱して酸味を飛ばす必要があったと思う。あのスープを飲んで派手にむせていたお前は面白かったね。自分で投入した胡椒にやられるなんて、あれはベタだがなかなかいい。
一度肺の底から息を吸った。気になっていた砂っぽさが喉で暴れてむせた。咳き込む力もないらしい。案外穏やかな気持ちだった。今、間違いなく絶望しているのに、この絶望に浸るのをやめたくなかった。
「文句言うなら作れや…」
「作る前に完成してんだからしょうがねえだろ」
「屁理屈……」
舞っている砂埃が光った。太陽光線が傾いて、この角度で屋内に差したらしい。虹を見つけたときの、ペダルを漕ぐ足に力が湧いてくる感覚が充足する。次に俺は雨上がりの東屋にいて、濡れた葉や風の匂いを嗅いでいる。目に染み込むほど強い緑が広がっている。
「すげえな」
雨の音が聞こえる。
俺は目を閉じて、丁寧に鼻から息を吸う。
終わり