創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

咀嚼

高橋くん、と澄んだ山水を思わせる声が聞こえて、僕は戸口に顔を向ける。今は給食後の休み時間で、教室に留まる人間の数は多くも少なくもなかった。寛いでいる面々は小さく群れて言葉を交わすので、これが総員集合した空間で発生した場合どれほど騒音紛いのやかましさになるだろうと憂慮する。僕はどうして教室に残ったのだろう。周囲の聞き取れない会話が耳障りなノイズとなって耳に注がれる。それが鼓膜の内側で反響して、煩い。

我に返って再び戸口の人影を見、そうだ外気が冷たいから教室に閉じこもっていたのだと思い出す。直ぐに読書に戻れるほどの集中力は失せたので、先を読むのを躊躇いながら読んでいる小説を机に仕舞い、席を立つ。

高橋くんと呼ばれた生徒も戸口へ向かっていた。

 

僕は先ず手洗い場へ向かった。暇を持て余していることを誤魔化すのに丁度良かった。蛇口を捻り、手を洗う。奥歯で力んだら割れるかな、と考えてしまう。例えば自分の指を口へ差し入れて、奥歯で挟んだときに湧き出るのがその実験欲求。正面の鏡に映る自分の顔は、今まさに起き抜けたような、人に見られたくない間抜けな代物だった。

ハンカチで拭いても手の水分を完全に取り去れるわけではない。夏場なら蒸発時に熱が引くのが涼しいが、寒風に吹き曝されて凍えそうになりながら廊下を歩く。暇潰しの用足しが済んでしまったので、宛の無い僕は半ば無意識にホームの教室へと足を向けた。廊下を半分行った辺りで、先の高橋くんとそれを呼び出した人間とすれ違う。僕と高橋くんとの接点は無いに等しいので、すれ違いざまに挨拶を交わすこともなく進行方向へ歩いてゆく。

 

僕からすれば、高橋くんこそイレギュラーなのだけど、顔に出さないだけで彼がこちら側を異常と見ているのを知っている。直感的にわかってしまった。彼の常識では、人間は人参を肌身離さない生き物ではない。

彼以外の全てが、呼吸と同じレベルの重要性で人参を噛る教室の中で、彼が発狂しないのが不思議に思える。僕ですら、絶え間ない咀嚼音に耐え兼ねて部屋を出たくなるのだ。人参は特に音の出る部類だろう。生でないと条件に満たないから、教室中で「バキバキ」に匹敵する角張った音が鳴り止まない。

辛いよな、ときっと同情といえる感想を走らせながら、右手の人参をまた一口噛った。指先が赤い。動かそうとすると痛かった。

 

 

小説とはこうやって自分の言いたかったことが自分でも首を傾げるような別物に変わるのを楽しむ概念であると思います。小説に限りません。