創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

作家転パロ

夜神月はペンを執る。手に馴染んだシャーペンを二回ノックしてノートの上で走らせる。近頃はパソコンで作業できる環境を整えるのも手軽になり、そんなデジタル環境へ移行することを推奨したり急かしたりするような文言をちらほら見かけることがある。例えば、新人賞などで最も優秀と認められた作品の親には、PCよりもコンパクトで執筆のために誂えた電子機器が贈られる。そういう賞を見たことがある。応募したことはない。

彼がシャーペンで文を書くのは、自前のパソコンを持っていないからではない。それならとっくに手に入れていた。何かスピリチュアルなものに引き付けられて、手書きでの執筆以上にしっくりくる作業形態が思いつかなかったのだ。知らないいつか、ひたすらノートに書き続けた記憶が脳の芯のところで疼くような。

 

何の因果か、月は小説を書き始めた。毎日変わり映えもせず反復動作に飽きない周囲の人間に違和感を覚えたり、それでも自分は昨日と差異ない行為をしていて嫌気を差したり。退屈だなあと四六時中考えている日常のなかに突如現れたのが、小説だった。小説が現れたというのは、図書館でたまたま手に取った作品に感銘を受けたとか、学校の教師に作文を褒められて文才に自惚れを見出したとか、そういうありがちなきっかけではない。寧ろそういう理由なら簡単に人に説明できた。

夜神月の前に小説を書けといって禍々しい精霊が登場した。書けと命令されて快諾できるほど気安くも無いので、渋るふりをして(満更ふりでもない)相手の意図するところを聞き出そうと色々質問した。直に、寝る前の読み聞かせ用に、面白い話を作ってほしいと考えていることがわかった。身に付けている衣類も装飾品も黒づくめな不審な人外にハートウォーミングな願いがあるのだと愕然とし、表情筋を一切動かさないまま恥じらっている(自分でそう言った)姿をまじまじと見てしまう。その精霊は何を思ったかこのタイミングで名乗り、悪役まがいの笑い声を喉に響かせて握手をねだった。名をリュークと言った。

リュークは月に小説を書かせるために、世界の小説事情を逐一持ち込んでは語り聞かせた。おすすめのノートを調達して、売り込み説明の真似事を始めたこともある。数十冊のノートを小脇に携えたリュークに、代金はどうしたのかと問うと、何も言わずにとんぼ返りした。店にそっと返却しにいったのだと思う。リンゴを分けてやるから書けと突拍子もない駄々をこねられたときは辟易したが、リンゴくらい食べたくなったら自分で買うと言っておいた。羨ましがられた上、あからさまにしょげかえるので目障りだった。ブッカー賞だとか、芥川賞だとか、節操なく有名どころの受賞ネタを得てきては吹聴してくる。おかげでその界隈の時事にはめっぽう強くなった。

 

ある日、リュークが本を一冊渡してきた。なにやら落ち着きなく、異様に目が泳いでいる。しかし二秒に一度は月の方を伺うことを忘れない。こいつ何か隠しているな。察した月は本を受け取る。まだ、小説は一本も書いていない。机に向かい、本の表紙を視界に収める。視界の端に、リュークが拾ってきたと嘘くさい建前を付けて押し付けてきた数々の文房具が整頓されている。あんなに万年筆はいらない。

その本は、夜神月に小説を書かせるに十分すぎる影響力を持っていた。リュークが精霊らしくない声で笑う。また見れる、唇だけでそう言って、月の背中を見ている。

 

その作家は、エッセイストを自称している。毎日の食事や、自己流おすすめの食べ方など、日常生活に紐づいた話題を書くことが使命のように感じるとまで語っていた。しかしエッセイよりも本格推理小説を書く方が堂に入っていると風評されている。本人は趣味で事件を解決しているらしい。たまにエッセイの中に含まれる謎解き回、これを本領発揮回とまで言われ、推理小説作家として登壇したほうが売れるんじゃないかと専らの噂だった。もう一昔前からその評価は不動で、作家本人も周囲の全ての人間も互いに譲らない状態らしかった。

甘味の我流メニューに顔を顰めながら、夜神月は本を読む。著者名を目にした瞬間から、世界の見え方は一変した。僕はこいつと戦って勝たねばならない、と本能が叫ぶ。

もう、遺伝子に刻み込まれた反射である。月は猛然と小説を書くようになった。一日に一本分はアイデアを纏めた。掌編なら日記のごとく書いた。連作や長編にも手を出した。伏線を張り巡らせるのは楽しかった。回収しきれると満足感につながった。あの作家の真似をして、エッセイも試した。意識しすぎてコンソメ味とか甘味批判とかばかりになった。これは封印することにした。

 

構成力で読者を唸らせる作家になった。リュークは月が寝る前に独り言として聞かせてくれる物語の緻密さで頭を使うから寝つきに悪いと愚痴を垂れたが、本心ではそうネガティブな感想を持っているわけではないようだった。月の語りを聞いているリュークは、実によく寝ていた。

そんなこんなで順調に活動している。月の作品に影響を受けたと公言して本を出した人間がいると言って、リュークがまた本を一冊持ってきた。アマネという名前だった。聞いたことがあるような響きだと感じたが誰の顔も思い浮かばない。こてこての恋愛小説だった。コーヒーを何杯も空にし、一ページめくる度に深呼吸しながらなんとか読み終えた。二回目はない、もう手に取らない。

担当編集者が、雑談として小説を書き始めたきっかけを尋ねたので、試しに素直に答えた。興味深そうに何度も頷いて、合作とか対談とかアンソロジーとかできたらいいですねと興奮気味に言う。勝手に盛り上がられても付いていけないから、僕は至って冷めた気持ちでなおざりな返事をしてその場を流した。その日の帰りは、空が一面雲に覆われて灰色に鈍く光っていた。あの空の色は、予兆だった。

 

「こんにちは。初作から読んでます」

僕を視認して、顔を向けたらそう言った。台詞の後で三センチほど顎を下げたのはお辞儀だと言われれば辛うじてそう見えたことにしてもいいくらいの、浅い礼だった。僕からは場に適したほどほどの挨拶をしておく。

自称エッセイストの推理小説作家。僕をこの部屋まで連れてきた担当編集者が、そいつを紹介する。とてもよく知っている響きだった。脳が久しく感じなかった緊張感に震えている。

「竜崎の名前で執筆していらっしゃる、L先生です。こちら夜神先生です」

「…」

どうも。初めまして。竜崎、さんとお呼びすればいいですか。ああ、僕の方はお好きなように呼んでくだされば…。嘘だ。全部嘘になる。どうも? 殺しましてどうも? 初対面じゃないし。さん付けも違和感が拭えない。まあ演技ならいくらでもするから違和感など関係ないが。

どうせこいつは僕のことを苗字にくん付けで呼ぶ。そうだろう、L。

僕と目が合ったLがわずかに目を細めた。見透かされたように感じる。

「テニスでもしますか、月くん」

そして砂糖を大量に溶かしているのであろうコーヒーを啜り、懐かしささえ覚える珍妙な居住まいを正す。

…間違いない、こいつにもある。遠い過去の記憶が。現在と重なるデジャヴの経験が。

「いいよ、受けて立つ。竜崎」

 

その後、有言実行でテニスコートを走り回っている最中に、アマネのことを思い出した。大体前回と変わらない。退屈な気もする。Lがいるうちは、そうでもないかな。今回は殺さなくて済む可能性が高いし。

 

 

解説:

なんだこれ。ご都合転生パロじゃねーか。

月が自分の苦手分野だとか上手くできないくらいの理由で、いやそれを理由にすることをもっとも嫌がりそうなのにエッセイ書くのやめた描写は解釈不足。