創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

仲間はずれ

 人参は電子レンジの中で回転していた。水に浸った痩躯が電子の何たるかによって茹で上がる。電子レンジの仕組みはわからないが、この機械の台頭の後、野菜を鍋に沸かした水に入れるよりも手軽というザル付きタッパーが現れて世の流れが変わった。
中華麺と一緒くたに鍋の中、ということがめっきりなくなった。
 人参は調理終了の合図を聞いた。間もなく回転座から降ろされる。麺と絡み合ってオレンジのメッシュになった時の人の子の微妙な顔。あれを思うと文明に感謝したい。
 既に皿に麺が待ち構えている。人参はザルから顔を覗かせるために背伸びをした。ええと、錦糸卵に胡瓜にベーコンね。人参と錦糸卵が隣り合っていた。卵が見本みたいな挨拶をする。
「やあ」
 人参は黙っていた。卵が、上げていた片手を下ろすのを見る。
「この前はごめんね、みんな申し訳ないって」
「べつに。どうせ塩で揉んでも硬い人参ですから」
胡瓜が咳払いをして居住まいを正した。塩味がサイコーに合っちゃってすみませんと舌を出した者と思えぬ態度の固さ。
「二度と塩は使わないから。人参に譲っちゃる」
「えぐみがあるの嫌い。塩で揉まれろこれからも」
「あ…うん」
 胡瓜はクソ気まずそうに卵と目配せして沈黙した。早く麺の上に盛り付ける入場行進に移らないかと待ちわびている様子だが、奴はトッピング後の方が接近することを失念している。
 誰かが欠伸をした。
卵がピリッとした空気を纏わせて、あからさまに機嫌を窺ってくる。どんなに勢い込んで投げた球の速度も殺してしまう布のような薄っぺらさに虫唾が走る。
「あとでちゃんと言っておかないとね。欠伸なんて…」
 自分事のように気忙しい奴だ。あとっていつなのだろうか。食われるのに、「あと」がどこかにあるのか? 食われても、食われた「あと」があるのか? 食われるまでの、今より「あと」を突くのだろうか。
まぁいいか。
「おい麺、今何の時間だよ。何待ち?」
「ちょっと、自力で登ってくんな。気持ち悪いんだって。本当は何ひとつ飾り立てない素の姿でいたいっていつも言ってるだろ」
「そんなこと言ってもテメーの味ぱっとしねぇし」
 ベーコンが麺の頂上を陣取って横たわった。仰向けになって身体を伸ばす姿に傲慢が滲んでいる。
「海水から揚がった豚肉が、塩にやられたバカ舌で吠える吠える」
 言い過ぎたかな。気が短くて好戦的なベーコンがキレて怒鳴ると予想して身をすくめて構えたが、おや、叫ばない。代わりに押し黙って背を向けた。と、半回転で姿勢を保てず、麺の山から転げ落ちていった。
 
「トマトいねぇの」
 今更気付いたのか、視野が狭いんだなと嫌味を聞こえよがしに口にすると胡瓜は泣きそうな顔になって麺に抱きついた。怯えた目でこちらを見てくるのだが、麺の上で相席状態になった以上、逃れるてはない。対角線上の卵が、ベーコンを欠伸のことで咎めている。「あと」はこのタイミングだったらしい。右隣にいるベーコンは反省した気配を見せない。それは許容するにしても、場所を取りすぎだ。味が濃いというだけで上位に君臨した気になっている。
「鶏ハムが隣ならよかった」
「へぇ、あんな頭ガチガチのが? あいつ一方向にしか裂けねぇでよく不満買ってるぜ」
「お前より知性が感じられる」
 ベーコンはムッとしたが、そうやってわかりやすく表情を変えることが愛嬌だと考えているなら私のそれとは定義が異なる。かわいくない。奥で胡瓜が「知性がないは言えてる」とゲラゲラ腹を抱えて笑った。保護者面した卵が、あとで教養を身に付けようとベーコンに打診する。また「あとで」か。つまらない奴だ。そう思っていたから、ベーコンが冷笑して「胃の中で修める教養とは?」と撥ね付けたのを聞いて不意を食らった。
見直した。
「あ、そういや」突然こちらに顔を向ける。
「細ーく切れば塩揉みでサラダになるらしいぞ、お前」
「は、まじ?」
「まじー!?」
「え、そうなの」
 三者三様の反応。なぜ別品目である貴様が知っているのだ。
今回私は茹でられた。
わたし、おまえ、なぐる。ベーコンは挙動不審になって卵を盾に隠れた。
「やめてよ、喧嘩なんて」
 久し振りに麺が喋った。声帯の震えで胡瓜がくすぐったがっている。卵が興味津々であひゃあひゃと身をよじる胡瓜を見ている。
あ、気を失った。胡瓜は糸が切れたように倒れ伏した。そこへ飛び入る卵。細かく震えている。あうあうあう、と発声からも震えを確かめて満悦した。
「見た目が悪くなるだろうが! 動くなよ!」
「ごめーん」
 具らは顔を見合わせた。胡瓜も起き上がってきた。口から泡を出しているが、本人が大事ないと言ったから信じる。
ベーコンがそれは大きな欠伸をひとつ。
そして、具は一斉に麺の上から退却した。