「いや、普通手を使ってやることだから」
「俺の分も出来ればキースに割ってほしい。 こういう時はクソじゃなくなるんだよな」
黒髪の男は、 隣で寝返りの文言を吐いた金髪を真っ黒な眼で睨んだ。 金髪はぐっと言い淀んだものの、 あくまで立場を変える気はないらしく、 後ろで束ねた髪をひょこひょこ揺らして未だ主張している。
「…罰だから」
「まだ何も言ってねぇよ。… まぁ言おうとしたことは読まれてたみてぇだけどな」
「ちゃんと守ってよね、俺が見張ってる時だけは」
気だるげに返事をして銀のくせ毛をわしわしと乱す男。 聞こえよがしなため息なんて吐いているが、自分こそそうしたい。 フェイスも続くように、どは、と吐き出す。
「なにため息吐いてんだよ、幸せが逃げるだろ。 早く吸わなきゃ無くなるぞ」
「はぁ」
「また吐いたな!」
うるさいなぁ。朝から晩まで元気が溢れて有り余ってるって、 幼稚園児でもあるまいに。ついつい、 おチビちゃんがいう幸せとかいうものを逃しそうになるのを我慢し て、息を止める。ループする会話に生産性はないし。
「はぁ…」
「だから! 揃ってため息吐きまくるなって言ってるだろ! 俺の運気まで下がったらどうしてくれるんだよ云々」
「使うなって、言ったよね」
「無視すんな!」
ギャースカと落ち着きのないおチビちゃんには、 醤油差しを押し付ける。とっとと食え、という意味だ。 睨め上げられたが、黙って卵と格闘し始めた。 人差し指で突ついては反射的に身を縮めている。 熱くて触れないらしい。
キースの方を見たら、ほらな、と顔に書いてある。 ジュニアも温玉を割るのに手こずっていて見るに堪えないだろ、 俺の能力でさっさと片が付く。 一言も発しないが凡そそのようなことを言いたいのであろう瞳と視 線が合う。
「…冷めるまで待てばいいでしょ」
キースは普段から半分しか開いていない眼を僅かに見開いて、 ごねた。 うどんに温玉が美味いって噂をこの舌で確かめる絶好のチャンスが なんとかかんとか。 ビールをバカスカ飲む舌がそんなに優れているとは思えないが、 問題はそこじゃないだろう。 取り留めのない非難の言葉がポンポンと飛んでくる。
「あ、そーだ」
言ってキースが立ち上がる。四方八方に跳ねた毛が、 身体の動きと共に上下する。見かけよりも軽いらしい。 毛先がふわふわと空気に舞う。 触れると気持ちいいのかもしれない。動物のそれと似ていそうだ。
食卓には二人残され、 何を話すともなく手持ち無沙汰を紛らしている。 相変わらず卵が冷めないらしいおチビちゃんは、 先程からずっと指先で突付いては引っ込める動作を繰り返している 。この子暇なんだな。羨まし。
ふあ、と欠伸。昨日、っていうか今日だけど、 寝るの遅くなったからなあ。 恒常的に日が変わってから就寝していて、 言ってみれば慢性的な睡眠不足状態である。気を抜くと、否、 気張っても欠伸が出る。四六時中。
「パトロール中に寝るなよ。道で寝ても放って帰るからな」
ねむ。
「丁度いいもん見つけたぜ〜」
心持ち浮ついた様子で戻ってきたキースが、 手に持っていた四角い板の一辺で温泉卵の殻を真上から叩き、 周囲を呆気の内に月見うどんを完成させた。 道具を使うことを覚えた猿かよとぼんやり考えたが、 指摘すべきはきっとそこじゃない。
「スマホの使い方知ってる?」
雑念と腕落ちの船に乗って書いたから粗悪品になった小説。 全く満足できていない。