創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

鉢植え

「敢えて果たす、って書くだろ?」

渡り廊下で交わされる声。移動教室の用意一式を小脇に抱えて連れ立つ。三階の渡り廊下には天井がなく、雨ざらしだ。夏が過ぎ、日差しが和らいだといっても多少のことで、やはり天下に出ると眩しい。目を細める。

 

また、割れている。もう片手では数えられなくなってきた(中国式カウントでも可)。そろそろ別の手に出た方がよさそうだ。僕も、思考停止して状態の復元をするだけでは不十分だったと反省しなくてはいけない。今度の砕け方は見易く、大きな破片を取り除けば怪我の危険は抑えられそうだった。鉢のパーツを集めて、脇に重ねて置く。誰かが割っているのだ。律儀というか、粘着質に、鉢を替えるとすぐに現れる。僕は毎日鉢の様子を見に来ているから、新しい鉢に変えて帰宅し、次の日の放課後に顔を出した時には被害に遭っている、というのを何度も経験した。間に一日、二日、音沙汰のない期間が挟まることもあり、初めこそ破損は偶然であったのだと解釈できたが、人為であることが徐々に理解されてきた。

いたちごっこになる予感が強いのだが、対策を打たないで苗を剥き出しにしたままでは相手の思う壺ではないか。僕は考える。相手が執拗く狙うのがこの苗である理由は、枯らしたいから、というのが最もシンプルである。僕への個人的な恨み、というのも線だが、僕が世話をしている鉢は他にもある。唯一この苗だけを狙っている理由としては弱いだろう。しかし、どんな理由があれ、仮に理由がなくとも、苗が根を張るための場所を安定させる必要性は揺るがない。

実行が止めば一番安心できるのだけど、それが難しい今は、鉢の頑丈さを求めるか、鉢を動かせないように固定したり質量を重くしたり、あるいは僕が家で世話をする手も取れなくはない。僕の目が届かない時間帯は空き教室に保管できるよう頼んで、鍵をかけて安全性を担保するのはどうだろうか。移動の手間や土の漏れなど考慮点はあるものの、じゃんじゃん鉢が使い物にならなくなるよりはマシではないか。

となれば職員室へ行って、委員会担当の先生を呼んで…。立ち上がりかけて、眼下に、小さな山とその頂から茎の伸びている惨状を見る。忘れていた。この付近には花壇状の区画がないから植え直しには鉢に準ずる容器が要る。心当たりはない。このことも職員室で尋ねることにして、僕は校舎裏を離れた。

 

窓から顔を出して、ほぼ真下にそれは見える。三階から見下ろすとやや恐怖を煽られるが、地面が意識を吸い込もうと集束していくような錯覚の話は今関係ない。この学校の制服の黒が、それぞれの意思を示して四方八方で動いている。その中の、校舎の壁際で背中ばかりを見せていた黒い塊が、不意に二本足をぱたぱたと動かして日向へ出ていった。姿が見えなくなった。

最近は視力が大分落ちているが、土くれと特定できるものが見える。俺は睨むように目を細めてピントを調整した。赤褐色の歪な多角形。植木鉢か。また後始末をやっているのか。ご苦労なことだ。

あくびを一つ、噛み殺せなくて涙が滲む。教科書とノート、その他諸々を詰めて肩に響く鞄を背負い、教室を出た。ほとんど西日に変わりかけている日が目に刺さる。渡り廊下では太陽とお似合いな騒々しい面々がたむろしている。バレリーナの真似事をして回転し、不格好にふらふらしながらスカートを浮力で広げる。踵を履き潰した上履きを飛ばして明日の天気を占っている。持ち込み禁止の菓子袋を出し、持ち込み禁止のスマホに群がり、持ち出し不能の連帯感に包まれているようだ。

校舎裏にある駐輪場は日陰になっており、肌寒い。新聞とビニール袋を手にして歩いている後ろ姿を捉える。教師の姿もあった。

おい、と声を掛けようとした。目が合う。言う必要のないことが、口を突いて飛び出しそうになる。慌てて唾を飲み込み、言葉を嚥下する。従ってなんの発言もできなくなったので、挨拶するのは諦める。不自然に見えるだろうことは想像に難くないが、素通りして自分の自転車へ進行方向を変えた。敷地を隔てるフェンスの外を、老人が自転車に乗り通過した。

俺がやったんじゃねえからな、知ってる、それならいい、だってあんたやるときは直接殴りに来るし。その後のどのタイミングだったか忘れたが、こんな会話があった。ブランコが揺れる。俺は軟弱な態度を取るそいつを睨みつけた。受け身じゃ解決しないだろう。

「そういうの果敢って言うんじゃねえのかね」

「褒めてる」

「悪い意味でな。敢闘賞」

「それってやっぱり褒めてるね」