創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

個体

弟が自分とは別個体であることを、本当の意味で理解した瞬間はどこだっただろうか。顎を伝う汗が、重力に引かれてついに肌を離れたあの時だっただろうか。学校から帰って(部活には入っていなかったし、寄り道をする趣味も持っていなかった)、じわじわと苛むような熱気の中、傾いた日を浴びて白く輝くそれに、目を奪われて動けなくなったあれが、その瞬間だったような気がする。今思えば、という程度の、些細な事件だった。

弟を支配していると、無意識の内に思い込んでいた。弟の思考までも把握出来ていると信じていた。理屈では不可能である他人の完全な理解を、弟にだけは果たせていると、間違いなく信じていた。その頃、俺は中二病を発症して、誰も自分をわかっちゃくれないと頭を抱えていた。だんだんと、俺が他人からの理解を得られていない不満は、俺だけが抱くものではないと悟り始めた。誰もが理解されたいのに、誰かを理解することを怠るからいつまでも接点が深度を持たないのだ。

それなのに。

矛盾している。弟を例外扱いして、俺の手指の先に付属しているかのような思い違い。

 

俺の方がこの世界で息をした年数が長いのだから、その分経験したことの量も質も弟を上回っているはずだ。弟が色気づくより先に、俺がそうしていたはずだ。たぶん。

見ていて愉快な気持ちにはならなかった。他人のそれは、総じて俺の目にグロテスクな色合いの、やけに目立つ不用品として映るのか。恋か。わからない。

弟が宝石を喰らっている姿が脳裏に焼き付くようだった。俺は一人で呆然とした。推しだとか、尊いだとか、可愛いとか愛とか犯したいとか。そういう感情を他人の内側から発見するのが、ショックだった。ガードレールに頭を半分割り差して、前傾姿勢の死体になりたい。俺は眼球を焼くほどかと思われる白い紙、日光を受けて白光りする弟の手書きのメモ、を元の位置に置き直す。二万円。頭の中は推しのことでいっぱい。勉強が手につかない。

ああ、鳥肌が立ちそうだ。なんなのだろう、謂わば白昼堂々と発情していることを誇示するまでの自己肯定に吐き気がする。俺は以前こんな醜態を晒したのか。

依存性が極めて高く、永劫とも錯覚される苦しみを味わう。BL、夢、ハーレム、愛され。ああ、鳥肌が立ちそうだ。その双眸にハートが浮かんでいる絶頂の顔、思考から口調から身体の末端まで迸る性欲対象への意識。

こんなことを考えたくはなかった。俺は廊下の隅で額を壁にぶつけ、棒立ちで壁により掛かる。俺自身が恋愛と発情とを直結させて生理的嫌悪を抱く様仕向けた。自爆。

誰か、ここに至るまでの記憶をごっそり奪ってほしい。ハリセンで死ぬほど強力に叩くとか。息を呑むほどの美性を湛えた像を抱えて打傷とか。

弟が階段を上る足音がする。踏み出して前方へ擦るような歩き方。弟と廊下で鉢合わせたら、一発殴ってもらい、極めて期待できない記憶喪失を望みに賭けようかと画策した。部活帰りの弟が来る。なにが貢ぐだ、なにが推しがかわいくて毎日ご飯が美味しいだ。俺にもわけろ、その感情。

「おかえり」

「ただいま」

俺はここで日和った。弟を肩で弾いて階下へ直行した。夕食はカレーだった。弟の食っているカレーと、俺の食っているカレーは、恋の一般常識から予測すれば別の味がすることになる。本当だろうか。いや、そもそも推しにガチ恋しているのか弟は? わからん。自分の思考が困窮して自ら迷走を始めている。この件は忘れよう。

じゃあ何を悩むんだ?