創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

思い出記憶装置

2021/12/23(途中で書くのやめてるので佳境まであと一歩な雰囲気でおしまいを宣告されます、供養投稿)

蹴り出されるようにして、渋々サンダルをつっかける。よれよれのジャージの上下にTシャツと、だらしない格好のまま、とぼとぼと硬い道路を行く。義務教育期間が終了するまでは平気でかじれた親の脛を、今では世間の恥晒しみたいに見做されて激しく嫌悪されるのである。辛い。大学を二年ぽっちで辞めてしまったことも重なって、絶賛ニートの俺は実家での肩身がとても狭い。今日も、働いていない人間が平日の昼間に実家でごろごろしているなんてみっともないと言わんばかりの母親に、図書館にでも行ってこいと追い出された。

なんで働かなきゃ生きていけないんだろうなあ。労働が生きるための必要十分条件になっちゃってるらしいけど、それなら生きたくないんだよなあ。世界って息苦しい。真っ青に高い空を見上げて、その広さと対照的な現実が肩にのしかかる思いがした。

 

週に何度か、図書館に通うようになった。初めはかなり嫌だった。親に指示されて行動すると、どうしても社会の縮図を想起せずにはいられなくて、誰かの駒として動かされる不快感に追い込まれ、閉じ籠もってしまいたいと、何度も考えた。しかしそうせずに今日に至ったのは、これまた親が、俺の本好きを指摘して、あたかも好きなことをして過ごしていれば今は許してやるというニュアンスの籠もった声掛けをしたからだろう。短かった大学生活で、ひと月に数十冊単位で本を借りていた経験からして、読書は現実逃避により保身ができ、その上周囲の人間への言い訳による保身もできる一石二鳥を感じていた。親に行動の指図を受けるのは癪だったが、本に罪はなかった。月日を重ねる内に、習慣になっていった。

 

たしか、冬の日だった。夏も冬も愛用のジャージの下と、厚手の上着で出掛けた日だった。冷えた風が当たって足がスースーする中、親に頼まれた買い物を済ませ、その足で図書館に寄ったのを覚えている。間もなく日が暮れるタイミングだった。普段なら日が落ちる前に帰っておきたいので予定を捩じ込む真似はしないのだが、その日は予約した本の中に長いこと気になっていたタイトルがあったために、行動を急遽変更したのだった。

そうやって例外を作ると、別の例外を引き寄せやすくなるのかもしれない。

片手に手提げを、反対の手に本を抱えて自動ドアをくぐって出た俺に、話しかける者がいた。どこか探りを入れるように接近してきた相手は、高校の同級生だったのだと自己紹介した。今は大学からの帰りで、丁度俺のことを見かけて話しかけたらしい。向こうが一方的に発言しているだけで、正直間が持たないと思えた。俺はこの男に対して振りたい話題を持たない。お前誰ですか、とまではいかないが、クラスの対極に居たのではないかと邪推してしまうくらいには、記憶に無かった。

ふと自分の格好を思い出して、テレポーテーションの願望に駆られる。隣に身なりの整った大学生、俺はジャージでクソニート。惨めだ。帰りたい。

泣いてしまいたい俺を見てか、向こうも理由不明に哀惜の籠もったような顔を向けて、使い込まれた黒いリュックサックから、小さな紙を出して渡してくる。生憎両手が塞がっていて受け取れないとおろおろしていると、上着のポケットを見つけて入れてくれた。こ慣れているのか、流れるような動きだった。リア充って怖ぇな、と誰も嬉しくならない感想を抱いた。

 

ジャージよりまともな服というのを、想像できなかった。そんなコーデが俺の手持ちで実現できるとは思えない。冗談めかして母に尋ねると、無いわけないでしょうと一蹴されて困った。ジャージでないならスーツが候補に上がるような奴だぞ。中間がどっかに消えてるぞ。私服ってなんだよ、学生時代の体操服じゃないのかよ。

 

まともっぽい服装というのは、どうも動きにくい。特にズボンだ。膝は曲げづらいし腰は締められているし、ジャージの圧倒的王者度を強く実感した。人はここまでしてちゃんとするのか。見上げた根性だが見習う気は湧かないな。外出時だけ頑張るというのも、面倒なものだ。

だが、人と会うのであれば、多少なりとも考えた出で立ちでなければいけない。恥だ。自堕落が自分へリフレクションするのだ。結局恥を晒し、その被害を受けるのは自身である。他人と並ぶだけで、そう比較対象が発生するだけで、恥の塊と化すのだ。俺は。ダメージを軽減出来るのなら、しない手はない。

そもそも、どうして服装を整えようと言うのかと言えば、先日の男が原因である。上着右ポケットに滑り込まされたメモには、彼のものであろう連絡先と、短いメッセージ。連絡よろしくね! 道端に買い物袋を置いて立ち止まってそれを確認した俺は、思わずため息を漏らした。疲労感。こんなこと、言われたら連絡しなきゃいけないじゃないか。非常に面倒だ。が、単に連絡先のみを教えても音沙汰のない人間を相手にしていると踏んでの作戦的行為の現れだろうか。そうであれば、わかっている。あの男は、人間への対処を心得ている手練れだ、やはりリア充なんだな。怖いぜ。

さて、その後なんとか帰宅して、背中に親からの有難い評価(自転車使えばいいのに、とのこと)を頂きながら、携帯を操作して連絡先を登録する。昨今の科学技術は進歩しているけれど、今でも手書きの連絡先は手動で入力することになっている。もしかすると俺が知らないだけで、横着する手は生まれているのかもしれないが、携帯のカメラを起動して文字を認識し…みたいなやり方は、誤認識が避けられない部分がある気がする。修正が面倒なのだ、だから端から自分で作業してしまうのが最短だろう。…俺が誤入力していたらデジタルにも笑われる話だが。

ひとまず無難な挨拶を送信しておいて、返事を待たずに夕飯を食べた。食事時間と入浴時間で待ちの感覚を紛らわせることができるし、すぐに反応があるとは思わないことにしている。待っている、なんて期待しまくっていることのあからさまな現れじゃないか。他人の反応を気にして動くなんて疲れるのだ。さり気なく、気にしている風を見せないように。返事が無くても容赦するのだ、お前に興味は無いからだ。

と、一通り強情を張ったところで、返事の有無だけは気になるものであった。否定することはできない。脳内では絶え間なく気になっていないと言い聞かせておきながら、食卓にも脱衣所にも携帯を持ち込んだ。こまめすぎるほど行動の逐一に着信を調べた。それでも「追いメッセージ」はしなかった。このような言葉が一般的に使用されているかは承知していないが。

果たして、返事は届いた。そろそろ寝ようかという夜更け、短い音が上がった。きっと例の返事だぞと確信半ば、しかし予想が外れたショックを和らげるために反対のことも同時に考えながら電源を入れる。通知を見て、ほっとするのであった。連絡先を正しく入力できていたらしい。

 

図書館で落ち合うこととなった。相手は大学生をやっているから忙しいかもしれないが、こちらは時間が余るほどあった。道一と名乗ったその男と連れ立って、前回よりは遥かにましになったであろう自己評価「まとも」な服を着て歩く。行き先は言われていない。聞いてどうすることもないので、こちらから聞くこともしなかった。自転車を押す道一は、道中至る所で立ち止まった。葉のひとつも残っていない木が寂しく佇む公園を通りかかったときには、人っ子一人いないその敷地を見遣ってただ黙っていた。何を見ているのかと思えば、風雨にさらされた古いベンチを見ているらしかった。寒いから屋外は嫌だなあと考えていたら、それを声に出さない内に、また歩き始めた。全国チェーンのコーヒーショップの横で自転車のブレーキをかけると、どこか意地悪そうに「飲んでく?」と訊いてくる。俺はこういうお洒落系というか意識高い系の店には怖気づいて入れない質だから、すぐさま断る。挙動不審気味になって首を横に振ると、その必死さからか、道一は笑った。ははは、と口を開けて、笑っているはずなのに、大事なものをなくしたみたいな声色が混じって聞こえた。懐かしいなあ、と飲み込むように呟いたのが聞こえたが、意味が分からなくて何も言えなかった。

着いたと知らされて、そこにあったのはごく普通の一軒家で、道一の家なのだという。自転車を所定の位置に駐めているのを視界の隅に見ながら、不躾に家の外観を見てみる。家は詳しくないが、新しすぎず古すぎず、道一の年齢と同じくらいの築年数かな、と見える。玄関の脇に名前のよくわからない葉っぱが植わっていて、無為に自分の家の玄関先にも植木鉢と正体不明の草花が置かれていたことを思い出す。これは食用だろうか。食べないのに育てるのはなぜなのだろう、目を掛ければ相応の成長を見せてくれるから甲斐性が満たされるのだろうか。俺とは違って、素直だもんな。

 

人の家に上がるとか、接待を受けるとかいうこととはほとんど無縁の人間だと思い込んでいた。ゆえに、緊張して仕方がない。もし俺が客を迎える側だったら満足のいく応接などできそうもない。お茶を出すところに気が利くとは到底思えないし、着席を促したあとに座るところが用意できていないことに気付くような醜態を晒しまくって、酷い気持ちになるだろうと合点した。道一は他人を客として家に呼んだのだから、その点の自信があるのだろう。益々リア充でしかない。

飲み物と、いくつかの菓子を盆に乗せてもてなしに来た道一に勧められるままに、素朴で穏やかなサービスを受ける。緩やかな時間が流れていたが、どこか腰の落ち着かない雰囲気だった。3回目に個包装の菓子を勧めたあと、その息で彼は切り出した。何も置かれていない、天板を見ていた。

「覚えてないか?」

なにを、と答えるまでに時間がかかった。声が掠れそうになった。言えば、この道一という男が傷つく予感に捕らわれた。

俺の反応は予想していたらしく、彼はただごめんなと謝った。濁っているのか澄んでいるのか測れない黒い目。俺を貫通する。