創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

猫を飼おう(仗露)

2022/5/27 10〜20年後ろズレしてるのでこれは現パロと呼ぶのが適切と思う。

 

 ゆっくりと夜が傾いてやって来る頃合いの、人の寄り付かない物陰にて。

野良のようだった。段ボールに入っていなかったからだ。自己の存在を主張する叫びを上げているのではなかったのに、何故気付けたのだろう。電子レンジや、酒瓶、年齢層が自分と合わない洋服、その隣で同じく捨てられたように黒ずんで小さくなっていた。

猫だ。去り際の太陽が僅かに照らした小さな両目は、黒色だった。

 

 いつだったか、まだ片手で数えられる内の過去だったと記憶している昔、野良猫の生まれたてのを何匹か家に匿った友人が、飼い主に名乗りを上げる者を幾人か探していた。その時思う所のあった俺は、ノリノリでその友人の家まで着いて行き、その足で小さな猫を抱えて奴の家を後にしたのだった。辞書一冊の重さにも満たない体は動物が身近にいない俺にとって夢のようで、ふわふわと現実味なく両手に収まっており、ぼんやりとこれの中身はビーズクッションと同じなのではと不思議に思った。勿論猫は生きているから温度を持っていた。生温さが手の平に伝わるのは少しばかり奇妙だった。

 俺は自宅へは向かわずに歩いた。寄り道を他でしない日はすべてと言ってもいいほどここを訪ねている。チャイムを押しても家主は出てこないので初めの一度か二度は強行的に家に上がらせてもらったが、出る所に出るぞと脅されてからは玄関前のポーチ、と言うらしい、雨宿りに都合の良さそうな広い軒の陰で待つようにしている。チャイムを押して来意を示しはするのだが無視を貫かれて日が暮れ、夕飯を食いっぱぐれないために仕方なく引き上げることがざらだった。これも今となっては懐かしささえ感じる。あくまでも向こうのペースではあるが、仕事が落ち着いた拍子に戸を開けて招き入れてくれるようになって久しい。かなり仲良くなれていると思う。

そこへ訪れたチャンスが、腕の中の小さな生き物である。こいつを飼いたいと言って一緒に世話する約束ができれば、今よりもっと_。

 

「一匹じゃ、仲間がいないってことだもんな」

 音を立てないように腕を伸ばしてみる。生後日の浅いであろうその生き物は警戒した様子も、かといって人懐こい姿も見せない。目がまだ見えないのだろうか。人間の赤子も生まれて暫くは視覚が閉ざされているという。猫の目が機能し始めるまでどのくらい掛かるのかは知らないが、今は見えていないんじゃないかと思う。憶測の域にあるが。

毛並みの下に手を滑り込ませて持ち上げる。いつか胸の前で抱えたことのあるおぼろげな感触の命を思い出した。

額には彩度の異なる複数の色の毛が十字の模様を成していた。モノクロな見た目の子猫を、あの日と同じように腕で包み、そっと歩いた。

頭の中では、あいつが何と言うだろうと考えていた。少しと言えない不安がそこに付いていたのは確かだ。

「また怒られっかなぁ。あいつには顔の良さは通用しねーし」

前の時はどれだけ猫の見た目の愛らしさに熱弁を奮っても馬耳東風といった態度だった。俺が頼み込めば頼み込むほど意固地になって怒りも加速していったのを脳の隅で憶えている。何故あれほど頑として意を曲げなかったのか聞いたっけ。結局猫は友人に詫びて諦めることにしたのだが、俺が露伴の家を訪ねる頻度に変化は生じなかった。寧ろ増したようにも思う。うーん、憶えていない。

「駄目だって言われたらどーするよ? 保護センターみたいな所に連れてきゃいいのか? それとも俺がひとりでも面倒見るべきか?」

 

 壊れ物の扱いは慎重にせねばならない。両腕を今の位置から無闇に動かすのは危険に思われた。普段は来客以外に触れる者がないチャイムを鳴らす。肩を使って器用に押した。少々手間取ったが、鳴った。

 露伴が戸を押し開けるまで、もう一度呼び鈴を鳴らすべきか迷うくらいの間があった。俺でなければ鳴らしていただろう。どうせ奴は盛大な溜息をひとつ、億劫そうな起立の後、しかめ面で廊下に出て、ようやく玄関に辿り着いて適当なサンダルをつっかける。ドア越しに誰だと質問して、のぞき穴に片目を押しあてるところまで、目に浮かぶ。

ガチャと鍵を開ける音がした。

「鍵を忘れていったのか? 間抜けめ」

「お、おぅ…」

あれ? マジか。予想が外れた。呆気に取られてしまった俺を些か訝しげな目で見上げていた露伴だったが、目敏く子猫に気付いたらしい。なんてもの持って帰ってるんだと非難された。もしかして飼うつもりか、とも。その後も口から流れ出てくる言葉は切れ目を見せず、経費や手間や何もかも猫中心の生活に変り果てるらしい(露伴自身も見聞による情報だと言った)ことを丁寧にこちらの心意気を萎えさせるまでやめないといった素振りで語って聞かせてくる。

部屋の中に入れてくれない。

「で? 世話するつもりだよなァ、お前」

露伴が嫌なら俺ひとりでもするっスよ。せめてどっかに保護してもらえるまではここで…」

 

「拾ったなら面倒見きるんだよ。飼い殺しだ」

 そう言った露伴はタチの悪い笑顔で唇の端を吊り上げた。にやにやとして丸まった小動物の背中を見下ろしている。俺はやっと室内に入ることを許された。

抜かりなく戸締りを済ませる姿を上の空な状態で見る。どういう風の吹き回しだろう。くくくと肩を揺らして上機嫌な様子の露伴は、俺に一瞥をくれておまけに肘で小突いてきた。

「前にもお前が猫を飼いたいと抜かしたことがあったろ。あの時と今は違うんだぜ、主に僕がな」

 

 俺はテーブルに子猫を下ろした。すかさず叱責が飛んできたが、俺の意識は半分以上過去を見ていた。高校生だったあの日、憶えていない部分に何かあったのではないか。そうに違いない直観が走る。…何も出てこない。

「オイオイ…猫だけ持って来られても困るんだよ。要るだろ、餌とか寝床とかさァ」

テーブルの上は空になり、その陰で露伴が猫としゃがんでいた。時折小さなそいつの様子を確認しながら、手元のスマホで調べ物をしているらしい。親指が休みなく動く。

あまりにじっと見ていたらしく、作業を中断した露伴が俺に意識を向ける。なんだよと問われる。こいつはスタンド能力で俺の記憶を書き換えられるしなぁなんて言ったらけなくモードのスイッチを入れかねない。

「あの時さ、何であんなに嫌がったんだっけ?」

「忘れたのか。そうか、そりゃいい。一生思い出すなよ」

 

 繋がりが日に日に太く濃く感じられるようになって、それを喜ばしいと思えたのも束の間、今度はその糸が切れることに戦いて、これ以上、今以上に強くならないことを祈り始めた。猫を譲ってもらったから一緒に面倒を見ようと提案された時、僕が望むことと反対の方へ物事が進むのが許せなくて、怖くて、泣きそうなほど全力で申し出を拒んだのを憶えている。

ただ、あの頃怖気づいていた僕が前に進めない代わりに逃げ出すこともできなかったせいで、仗助との繋がりが切断される機会もなかったらしい。

今日も糸はそれ自身を誇るように存在している。

怖さもいつからか居場所を失ったようだ。

 

「仗助、とびきり良い名前を付けてやれよ」

「俺が命名すんの? 自信ねぇよ…」