2022/5/27
ペン先が首筋を細く押し込む。力は止まない。
手でペンを回したり指と指の間に挟んで振ったりと考えしいな様子にも見えたと今思い返せばそう言える。太陽が夜の準備を始めたくらいの時間帯だった。口約束がなくとも同じ場所で落ち合うように居合わせて宛てを立てるともなしに連れ立って歩く。そういうことはしょっちゅうとまではいかなくとも、よくあった。一週間あれば最低二回、必ず一回は並んで歩いた。
数歩先を保っていた露伴が手元を遊ばせるのをやめて、ふらりと振り返った。慣性で前に進んだ俺は間もなく露伴の横に並ぼうとした。
露伴は一言も発しなかった。敢えて言わなかったのではなく、こういう場面で言うに相応しい言葉がないせいかもしれない。口を固く結んだまま、右手を高く振り上げた。
手を掴んで目論見を止めてしまったのは何故だろうと考えを巡らす。
殺す気か、と尋ねたらにべもなく殺す気だという意志が返ってきただろう。愚問だ。わざわざ相手の発言に見出すまでもなく、わかる。こいつは俺の首を裂いて殺そうとしている。
どうしてそのための行動に抗す動きをしているのだろう。反射で体が阻んだとはいえ、尚も膠着しているのは死にたくないからか?
動脈を狙う露伴の殺意を止める右手がその手の平の中で強くなる脈拍を感じ取る。ペンを突き立てる露伴の脈拍だ。死んでくれ、死んでくれとこいつは必死になっている。祈りなんかじゃない。命令か、断罪か。
「なぁ君…」
熱いラーメンでも一杯食ってきたような顔をしていた。不自然に頬を伝う汗。初夏だが、散歩くらいでこんなに汗をかくほど気温も湿度も高くない。闇の中から闇が見ているような黒い目で睨むように見つめられる。
「僕がどういうつもりか、理解できるか?」
肩で息をするように、呼吸も疎かになっているように見える。実際には呼吸は乱れていないが、酷く酸素の薄そうな喋り方だった。
苦しんでいる。
「俺、露伴にとっての漫画を超えちゃったんスねー」
鋭く淀んだ闇を見つめ返す。はにかんだ風にしてへへ、と付け足してみせる。
刺さっていた凶器の力が緩んだ。露伴の眼元にかかっていた殺意の雲は暮れていく日光が落とす陰に変わっていた。
「ふん、そんなことあるわけないだろ。驕るつもりか? 自惚れの強い奴だ」
柄の長いペンを二、三度指の上で回して、左胸のポケットに収めたようだった。背中越しに腕の動くのを見ていた。斬り捨て御免をした後で刀を数回振り捌いて血を落とすのに似ていると思った。
俺は今しがた穴を開けられそうになった首の横の所に手をやって傷を探した。
次はないかもしれない。
次は許してしまうかもしれない。殺されることへの抵抗を持たないのだから。指先に触れたほんの僅かな傷が、より奥に深く長く抉ったそれで上書きされることを、拒否も期待もしないのだ。
殺したいなら殺せばいい。もう感情はお前に奪われたのだ、おかしくなってしまった。きっと、おかしいのだろう、眼前で殺人犯に変貌することを看過するなんて。
なぁ。