これは、となぞなぞを問いかける口調で露伴は右手の小指を立てた。小指だけが天を指して伸びている。指切りをするときに馴染みの形だった。見ている仗助は穿る仕草で上目になり、ありありと怪しみを孕んだ声音で正解を述べた。
「小指」
「…今僕は馬鹿を見た」
期待しなけりゃよかったよ、と不機嫌そうである。なぜ? 仗助は露伴の扱いにくさを再確認させられた。どうやら和解の意欲は、相手方には無いようである。なにせ言い訳という名の経緯説明が為されない。何が機嫌を損ねたのか、聞いてみたい気もするが、答えてくれない予感も抱く。無理に喋らせてまで、聞きたくもない。
「これは聞く。なんでだよ!」
右手にクラフトナイフ、左手に鉛筆を持たされた。鉛筆の先は丸まっている。削って芯を尖らせろという指示らしい。それはわかる。だが。
自分でやれよ。仗助が主張したいのはそこであった。露伴は回転椅子に腰を据え、まさに作業に入り込もうとしている。集中が始まると、天変地異でも起きない限り全てスルーされてしまう。申し立ても耳に入らない。仗助は叫んだ。
やや間が空いて、無表情に近い顔を半分だけ回した露伴が反応する。
「邪魔するなよ、これから描くところだ」
「…これは、どういうつもりだ?」
「罰ゲーム」
それだけ言うと、床を蹴って机に向き直り、どんと派手な音を立てて腕を天板に叩き置いた。あーあ、読まなきゃよかったなあ。好奇心の強さも、こうがっかりすることがある時には考えものかもなぁ。態とらしいため息がセットに付いてきた。大きな独り言。
仗助は知らず知らず鉛筆を削り始めていた手を止めた。すぱ、と水面を突き抜ける感覚が脳内で起こる。思い出した。幼少の頃、小指をコヤユビと呼んだことを。真剣にそう言い間違った記憶が蘇る。
こいつ、俺より俺に詳しくなろうとしてんじゃあねぇの?
こえー。声には出さなかったが、口の形はそう言った。露伴はいつの間にやらペンをがりがりと走らせている。絶賛集中モードだ。
仗助は、自分でも明確な理由を持たぬまま、ナイフを動かすことにした。渡された鉛筆は10本では済まない。俄に信じられぬほど短いものも混ざる。これどうやって持って削るんだよ。