創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

大地が釣る

 海原を跳ねて直進する船。私は、尖った甲板に棒立ちになり、足の裏を密着させるために常時力を込めながら前方を見ていた。先端に向かって湾曲し、数学的に結実する船首。どどどど、と聴覚は轟音に麻痺する。絶え間ない重音はエンジンの駆動するから鳴るのか、エンジンが回転させたモーターがこの容器を海原で前進させる際に生じる波との衝突音なのか。どちらにせよ、海面で最も騒々しいのはこの船だろう。どどど、どん、どど、どん。箱の中で強固な物体が暴れるような音が混じる。エンジンが原因か?

 甲板に貼りつけた足の裏から響く船の重低音を感じ、麻痺した聴覚が時折青空を滑空する鳥の声音らしき高音を捉えるのに専心していた。ツアーガイドがすぐ横に立ち止まった気配に、僅かに遅れて気が付いた。ガイドは潮風をたっぷりふくんだ笑顔を見せ、私の顔を覗くように屈む。「ご気分はいかがですか」「いえ、別に」参加者に尋ねて回っているらしい。校外学習で担任教師がすることになっている業務に相似している。ガイドは、頬の肉で目を細めたあの笑顔。「もうすぐです」

 

 大振りの波に揺られて体幹を崩した。下り坂となった左手に足を降ろしてしまう。臍が半回転した。甲板にいたはずの他の参加者、片手では収まらぬ数居たはずの人影がしんとして、消えている。船はちゃぽちゃぽと細かに砕ける波を受けるが動じない。ちゃぽ、ちゃぽ。聞いている内に平常で体を失わぬように労するべきだと思うくらいの余裕が出た。全員揃って船酔いに陥ったのだろう。今は便所に行きたくとも我慢したほうがよさそうだ。私は集団失踪を冗談だと言い聞かせた。全く起こり得ない話ではない。

「調子はどうです?」

 手の中から釣竿を取り落とすところだった。突然話しかけられて非常に驚き、早鐘を打つ心臓を撫でなで振り返る。声の主はツアーガイドであった。小ぶりの柑橘類をスマイルカットにしたような、見事な笑みを見せている。ガイドの後ろ、広いとも狭いともつかぬ甲板には誰も居ない。ガイドは私の手首を掴んで、海面に針を下ろすよう言った。リールから糸が流れていく段になって手首は解放される。ひんやりしていた。

「海底まで下ろし切ってください。するする、と。まだ10メートルくらいありますから、辛抱ですよ」

「釣りは初めてですか? えぇ、なるほど、釣竿の基本的な使い方はわかるけど、といったレベルなんですね。実はこの海域は釣りが趣味だっていう方でも腐心するんです。生息している種がですね…」

 ガイドが、BGM紛いの解説をやめて、水面から垂直に伸びる細糸を注視し始める。来ましたよ、と囁く。私は身体を強張らせて、リールに手を構えた。アタリなど感じなかったが、気のせいということもある。生来釣りとは距離のある生活だったし、今日のツアーも知人の予定が合わず譲られなければ知り得なかった。アワセなくていいんですか、と聞こうとしたが、できなかった。

 アワセられた。

 あ、と呑気にも忘れていた買い物メモの中身を思い出したときのような声が脳内で聞こえた。海面がきらきらと白く輝き、巨大な魚のうろこを思わせる。船のケツが海中に突き出している情景がやけに鮮やかに目に映る。細小な波がぶつかりにいった。空気を含んで沈み入る。

 私は、美しき半円を口元に模した。