創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

公私混同

前回のせんせー小説の補足作のつもりで用意した二項目を、別内容でメイクする。理由は前回の感覚を続行するに耐えないから。補足する程の熱量を維持できなかったのだと諦めてくれ

温暖につき
冷や汗やら心臓の早鐘やらで身体的にストレスを背負って、おれは頭の中でただひとつのことを心配してそこらを駆け回った。事務所は空、机の下も、ゆったりとしたソファの上にも下にも姿はなし。次に上階下階を恐る恐る覗き、やはり目当ての人物は顔を見せていないと知る。トイレに籠っているのかと首を傾げ、否、それはないと首を振る。以前それをして軽く渋滞を起こしたことがあった。アレは他人に粗相をすることをセンシティブに捉える節があるから、同じ過ちを繰り返すことはしない。たぶん。
と、考えてビルから飛び出した。一週間切れぎれに降り続いた雨は止み、淡くも健やかな晴れ空が広がっている。雨の湿気が喉を潤し、幾許か呼吸しやすそうである。両生類が喜びそうだ。
おれは事務所から掴んで来た自分の携帯の電源ボタンを押す。が、ゆるゆると無意味を予期し始めたのでもう一度ボタンを押して尻ポケットに差し込んだ。アレは、携帯を持っているくせに手元に置かないのだ。持ち歩かないのだ。携帯の名折れである。

見つけたと思ったら微妙に近場の公園に居て、それは事務所を中心とする同心円上で二番目に近い公園だった。最寄りを選ばない当たり、当人の心情を表しているようで同情心が湧くが、探すのに骨が折れるのは間違いない。正直面倒くさい。喉が水分を欲していた。水筒を持ってくればよかった。アレはジュースの奢りなんて気の利いたことはしない。そもそも財布を持って来ていない。
「逃げんなや…」
「…追いかけんなや」
誘蛾灯の周囲を群舞する小生物を遠巻きに見るような視線。センター分けの前髪が、皺を寄せた眉を隠さない。意識的に伏せられたかに見える瞼の下の黒色を前方下方に投げて、石造りの長椅子に座っているのだった。この沈鬱な人間が、つまり「アレ」その人である。
「つかあそこに誰も残ってないのはよくない。…せっかく任せて出てきたのに」
「職務放棄なんだが? あんた責任者とは言わずも重役じゃねえんか」
「はあー…誰だよ探偵業ラクだ、つったやつ…全然ひとりで過ごせんし何こいつ纏わりついてくる」
「雇止めするか? ええぞ、こっちは情けで働きに来ただけやしオメーの親の口添え無かったら引き受けてねえからな」
「勝手にしろもう…」
そう言って猫背を更に丸くする。こいつが履いてきたのはクロックス風のサンダルで、それを行儀よく地面に並べて、膝を抱えた。膝の間に顎を挟んで自分のつま先の方を見ている。沈黙。
おれは思う。こいつの下で働いていて大丈夫だろうかと。本気で心配になった。業務に消極的過ぎる。コネと口コミが物を言う探偵業が、こいつに向いているとは思えない。

闖入者
「……母さんの仕事先の知り合いの伯父さんがやってた、とか」
「うーん!」
おれは頭を抱えた。明らかに適職ではない探偵を名乗るこいつとは、小中と同じ学校だったという繋がり以上のものはない。家は互いに近かったが、それだけだ。
こいつは(以後、Cと呼ぶ。キャットのCだ。由来は猫背)、斜めに差す陽を半身で受けて、回転椅子に三角座りしている。カメレオンの日光浴っぽい、と思ったがカメレオンは爬虫類か。じめじめ感が足りない。
手には本を持っていて、読みかけである。読んでいる最中のページが開いている。そして鬱陶しげにおれの方を見ているのだ。話しかけるなと。
しかしその反応は心外であり、Cにはおれを邪険に扱う正当性はないのだ。なぜならおれはCの現状について危機感を持ち、よりよい環境を彼が得るための情報収集をしている。第一歩として、Cと探偵業の接点を問うたのだ。答えは冒頭。
Cが何を考えてここまで進んだのか、聞かねばなるまい。思考回路の不可解さが好奇心を加速させる。
「他人のやってた仕事を継ぐほどの理由があったのか?」
「親だったら継ぐか? 継がんでしょ。親の知り合いの古本屋が後継者不足で店を畳まなきゃならないってときに、名乗りを上げるようなもの」
わからん。探偵事務所が古本屋に変わっただけの喩えじゃないのかそれは。
「探偵が好きってことか」
「……」
なに言うてんねん。と、表情が語っている。なにを言っているのか聞きたいのはこっちなんだよなあ。会話放棄が唐突なんだよなあ、黙りやがってこの…。

やめたいと声を出したら、その字義通りのことが起きるのだろうか。四文字は願いと捉えられ、そそくさとスタジオの撤収作業が行われるような速やかさで、自分の周囲の景色は跡地へ変わるのだろうか。それとも諭される? 抑圧される? 見放されるかもしれない。言う前に動けと突き放す一言か。
やめておくか。やめたいって発声するのを。
探偵なんてしらねしらね。呟いて、自分の鼓膜を震わせて、脳に理解させて、でも受容できない脳が暴れて現実に身体を挟まれそうになるのをすんでの処で回避する。無傷で回避できている自信はない。現実と非現実は扉で隔たっている。その出入りで、傷を負いかねない。できることなら非現実の部屋にいつまでも居たかった。現実が強い磁力を持って、自分の体の中の対極の磁石を寄せるように強烈に引き戻しにかかるから、日に一度は現実と非現実の間の扉を潜った。
なにをやっているんだろうと思う。
なにか楽しいことがあって繰り返しているのかと問う。
楽しくない。楽しいわけがない。…楽しくないと、何もできないのか?
楽しくない。楽しくないのだ。
「なぜ探偵を選んだのか?」
こっちが聞きたい。なにも知らないし、わからないし、わからないでいようとしている。俺は自分の願いがわからない。
「あ。」
探偵するのか。調べて、推理して、導き出すのか。自分を。俺は応接ソファでスナック菓子を食っている奴に聞こえるように言う。ナルシシズムとか境界人とか思春期的思索が多分に含まれているのは自明で、俺は当然真面目だったのだけど、幾分か気恥ずかしくなった。
「公私混同」
といって笑われた。