創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

一旦保留して

友人のアパートに遊びに行っていいか尋ねると、彼はしばし目線を左に彷徨わせて悩んでから自身のスマホを取り出し、僅かな操作と画面の熟視を挟んで、その後是の意味でひとつ頷いた。人が居るけど大丈夫か、とも聞かれたものの、おれはその点に頓着する方ではないので二つ返事で了解した。友人が微笑を返す。おれも口角を上げて応じた。しかし僅かに眉が歪んでいたかもしれない。普段よりも曖昧で気掛かりのあるかの如く態度が心の端に引っかかる。

どうやら他人の家に呼ばれたときは菓子折りなどを持っていくのが世間では常識とされているらしい。つい最近、自分もその慣例に従うべきなんじゃないかと思うに至った。理由は、流し見したいくつもの漫画で、登場人物が軽い土産を持参している描写があったからだ。おれは社交作法に疎い自覚があるから、きっと正常な人間関係のために必要なのだと推理して、スーパーで菓子を調達してきた。玄関前に立ってからものの数分後には、居間の床であぐらをかいて麦茶を飲んでいたわけだが、ここで我に返る。おれは緊張していた。何か持ってきただろうか。大学で出された課題とか、積みっぱなしのゲームとか。おれはリュックをきちんと連れてきたか?左右に面を振り、後方にまで確認を及ばせると、あった。左手を後ろへ伸ばしたところへ_。
「ん…?」
「……」
落ち着かない目線が、ぺこりと会釈をした。おれも反射的に頭を下げる。壁際、学習机の脇でひっそりと膝を抱えているこいつは、誰だ? 友人とは別人のようだ。雰囲気が違う、髪型も顔のパーツが成す構成も違う。纏い付くような負のオーラが、彼の体を包んでいるようだった。
「あの…、**さん? どなたですかね…」
「ごめん、そんなに動揺すると思わなくて。先に言っておけばよかったな。一緒にこの部屋を使ってる」
「あ、そういや言ってたな。忘れてた。…な、ポテチ食べるか? 春限定桜味っての買ってきたんだ」
振り返って呼び掛けると、光を避けて暗く沈んだような瞳がふらりと揺れ、青年はのっそりとおれたちが囲むテーブルににじり寄った。片手を目一杯伸ばしてポテチを一枚引き抜くと、顔をあちらへ向けて食べ始める。
「あんまり人が居るのが苦手なんだ」
ふーんと口の中で答える。限定品はお値が張るからなあ、量食べたいときには向かんよなあ。別に塩漬けの桜の味に目がない人間じゃなし、むしろスタンダードなうすしおが欲しくなってきた。
「桜味、どうこれ? 何でも季節限定にすりゃ買ってもらえると思ってる感じがなんか癪だったりすんだけど」
「悪くないと思うよ。いつもの味に飽きがちな人が買うには持ってこいの味」
「んん? 誰のことだ?」

おれと友人が雑談ばかりしながら大学の課題を弄くり回している間、青年はずっと読書をしていた。途中入眠したことに気付いた友人が毛布をかけると、即座に目を覚ました。まあ、わかる。でも他人がそうやって起きるのを見ると、じわじわとおかしさが昇ってくるのだった。おれは桜チップスの欠片を喉へ流し込み、大人しく桜餅買えばよかった、などぼやきながらシャーペンを手に取る。

「終わらん…」
「ひとりで集中してやれってこと」
「ううん…憂鬱…。ポテチと麦茶でごろごろしてたら許される世界ねーかな」
「それ退屈で耐えられんでしょ」
「う、…そーかなあ」
「励み給えよごろごろ君。息抜きにまた来てくれたらいいから。今日みたいに」
「四六時中息抜きしたいぜ…」
それから一年後、あの寡黙な青年の素性を知らぬことを何とも思わなくなった頃、友人の口から衝撃の告白を受けるのだった。おれは友人の漢気に感服と同時に狂気を覚えずにはいられなかった。なにやってんだお前。

次回(そんなものはない)、「緊急避難場所」。