創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

行脚

どこがヘタレ攻めなんだよ(怒)
 
至って真面目の面持ちで告げるものだから、彼は静かに戸惑った。瞼をぱちぱちと大振りに上下して、しかし眉や鼻といったパーツを歪曲させることはなく、表情にその戸惑いが見えることはなかった。
彼は相槌としてうんと言い、やや傾けた視界の端に、話者本人の気配を感じる加減を選ぶ。彼は目を見て話しなさいと道徳を説かれるのが苦手だった。自分はまじまじ見つめられると恐縮するし、相手を穴の開くほどじっと見ていて言うことを聞けると自信が持てなかった。話が耳の穴から穴へ抜けていくように不安した。それゆえ相手の両の目線から逃げるようにして言葉を交わしてやり過ごす日々。積み重ねた経験は、見詰め合う会話を然程に重視していないと結論した。彼は拠り所を得たとして僅かに安堵し、相変わらず誰とも真正面から向き合えないでいた。
今隣に座る者もまた、他人の目線から逃げ惑い、道徳からの詮索をふとした拍子に食らいかねない邪道の存在である。と、彼は確信にほど近い推理を立てている。
別に本当にやりたいわけじゃないからね、と断り、再度繰り返される願い。この人は飛脚になりたいらしい。飛脚というと、生身のその足で駆けて全国津々浦々まで配達をこなしたという体力お化けの職。体力の単語を非日常の域に置き去ったような見た目をしたこの人が、飛脚を全うできるのかと不思議になる。上り坂の始まりの方でぜいぜいと肩で息をしているイメージだ。
「なに笑ってんの」
「ちょっと想像しちゃって。息切れしてそう」
「失礼な。まあ事実そうなるだろうけど。…てかやるって言ってないじゃん」
 
「あ。ねえ、東海道中膝栗毛
「それタイトルしか知らないんだけど、何? 文脈繋がってる?」
「僕も詳しくない…。確か歩いて旅する話。飛脚と似てないかな」
「はあ。…ん、で、バックパッカーがどうしたの」
「興味ない? あるなら…」
「連れてっていいの? 一緒に来てって言ったら来る? …あ、でも面倒くさいな。準備の時点で」
「一緒にしよう。準備」
へえ、いいね。達観の冷たさに負けじと滲む素直な喜悦の笑み。徐々に嬉しい時は嬉しさをそのまま笑顔に反映するようになってきたから、彼は月日の長さと短さを思った。
我に返ると、彼の両目は真っ直ぐに、相手の双眼を捉えていた。