猫の頭を往復する右手を見ていた。左の手は、 腕を使って猫の体を囲っている。腿の上に大人しくしている猫を、 右手が休まず撫でている。この手の持ち主が、ゴロニャア、と、 本物の猫からは聞いたことのない鳴き真似を披露した。 R音の巻舌に拘って、やり直している。
「ごろにゃーん」
「は!?」
便乗して鳴き真似の真似をした。 ついでに手を伸ばして頭髪に触れる。ぽんぽんと繰り返したら、 二回目で仰け反って逃げた。目を白黒させている。
今度は黙して猫を触っている。どこか迫真だった。 逃げた拍子に背中を向けられたので、疎外感がある。 さみしいよー、と猫撫で声を出してみるが、そっぽを向いたまま、 嘘を吐くなの一蹴だった。 声音には隠しきれない怒気が含まれている。 しかしこちらもむっとした。何故嘘だと断言できるのか。 本当に寂しいのかもしれないじゃないか。
「ふん! この、この…猫野郎!」
「あ? …ちょっ、猫が潰れる、重い!」
後ろから覆い被さった。体の下で文句を叫ぶ声が籠っている。
猫を庇って腕で体を支えたようだ。腹の下に空白が完成したが、 猫はそこには収まらず、脱兎した。ふたりで床面に倒れ込んだ。 鍋でほぐしきれなかった二本のうどんのように、 ひっついて転がった。
なんだか攻撃的な気分になってきた。思わず笑いが溢れる。 両腕で腹を捕まえて軽く締めたら、こいつも笑いだした。 へその辺りが弱いのだ。自然、口角が上がった。 暫くふたりでぶっ倒れていた。