ポーズだけ取った。手の平の窪んだところに唇が触れている。 親指が鼻梁に乗ったまま、中腰になって静止した。 第三者が私の顔を見て一目に笑顔と判ぜられることが予想された。 目尻が上がっていた。細くなる一方の視界で、 その視界には何人たりとも映ってはいないのだが、 私は自分の目許の笑っているのを確かに感じた。
吐き気がしてきた。 口を押さえて固まった姿勢が体調不良を呼んだのだ。 閉口するきりだったが、茶化せば病の気が失せるかもしれない。 おええ、と言うだけ言ってみる。
吐き気は治まらない。
私は不断に何かしている。 宇宙規模で鑑みれば馬鹿馬鹿しいことだが、抵抗している。 悪く足掻いている。冷笑しきれなかった、 虚無になりきれなかった、 半端者ゆえの抵抗が性懲りもなく繰り広げられる。 簿記3級取って業務に使う気が無いのに、学ぶ。 無駄にするために学んでいる。働けば搾取と、凶弾のごとく喚く。 会計知識を得て、使わぬまま老いさらばえる日。 布団から起き上がれない体でフリック入力でもしているのだろうか 。綴っているのは貧相な想像で象った小説である。 難くない想像だった。
真四角に整えられた柱の、面のひとつに頭突きをする。 適度な痛みに加減して、連続して頭を動かした。 この打撃で家が崩れて私をぺたんこにのしてはくれないかと思う。 そんな脆弱な建築様式の家には住みたくないが、 しょっちゅう事故を夢想した。 とても助からないと明白な事故が望ましかった。 誰も見ていない廊下で、 額が柱にぶつかる小さな音だけが生成されている。
その晩も不眠の気配で目が覚める。虚しさ、嫌気が差す。 人に話せば体を動かすことをにべもなく推奨されるだろう。 疲労させることの不足が招いている心労。 なぜこんなに運動するのに抵抗を感じるのかわからない。 考えても時間の無駄だと思った。 布団の中で落ち着きなく体勢を変えた。
階上から足音が聞こえる。一人分ではない。 夜中なのを弁えて黙っているようだ。 しかしその足並みが妙に統一感を醸し出していて、 忍んで歩いていることに疑問を抱く。やつら、何か企んでいる。
どんな悪意を逞しくしているのかと、布団から這い出る。
「こっそり夜食食おうと思ってさ」
言いながら、天井棚に手を伸ばす。 そこには袋麺がストックされているはずだった。 きっと夜中のラーメンを作るつもりだ。 私は近くの椅子に腰を下ろした。
その場には全員集まっていたから、 こっそりという副詞を使うには不適だった。 ひとりが携帯していたスマホで卓を照らして、 その灯りに皆群がって箸を動かす。夜目には優しかった。
再び布団に足を差し込んだ。
眠れそうにないと感じた。
しかし気が付いたら朝が来ているパターンだろ、とも思う。 鼻で笑いたい。私の夜はあと何分か。何秒か。
夜食はひとりでやってんでしょ?