あ、今日、バレンタインデーってやつじゃね。建国記念日であったのを思い出すのと変わらない発見をする。セントバレンタインという人名であることを知ったのはいつだったか。十年以内だ。チョコの習わしもないはずの二月十四日に、きっと多くの組織人はチョコを交換したり渡したり貰ったりしたのだろう。頭がぼうっとしてきた。こういうことを考えると僻みっぽくなるからいけない。己の未成熟を痛感する。更に俗人を離れて仙人に擬似した存在を目指さねば。
「よ」
片手を挙げた人影が玄関の前で立ち止まる。俺の位置を把握しているらしい。カーテンが閉まっているのだが。向こうから透けて見えるのか? 知らなかった。カーテンを開き、網戸越しに顔を合わせる。くくくと喉を詰まらせて笑われた。それは直接じゃないと言う。
首を傾げながら玄関を潜って外へ出る。飼っている猫が飛び出さないよう隙を見て戸を開閉した。
「ハッピー、バレンタイーン」
とても棒読みだった。両手で何か袋を持っている。それなりに大きい。菓子の詰め合わせだろうか。チョコ菓子の寄せ集めなのか?
「はっ…」
俺は息を止め、思考した。何かあったか!? 頭の中ではトリック・オア・トリートの文字列がいくつも流れている。何か、何かないだろうか!
「探してく…」
「や、それはいい。欲しいのはトリック」
またか…。今度はなんだ? 怪訝な表情で見ているのに気付いて相手は破顔した。抱腹絶倒に近い。しかし、すっと音が聞こえるように表情を切り替える。真顔になって、覚悟が決まらないのかしきりに唾を飲んでいる。何を言おうとしているのかわからない。
「もしかして、猫を触りたい?」
「えっ。えー……ああ、うん」
玄関の上がり框にふたり並んで腰を下ろし、ふらりとやってきた猫の背中などを撫でる。一緒に菓子を食べた。これは先に棒読みのハッピーバレンタインで差し出されたものだ。
俺が慣れない客対応に疲弊してきた頃合いで、暇乞いをして帰っていった。そう言えば茶の一杯も出していない。こういうのは苦手だ。マニュアルがほしい。
どこへ行っていたのか、一時姿を消していた猫がやってきて、腿の上に乗る。狭い額や、顔の割に大きな耳の付け根を指で撫でる。ごろごろ言う音を聞く。
考えたくもない学校のことを少し思う。一言も学校の話題を上げないあの人間のことも思い出す。貰った菓子はまだ殆ど残っている。玄関の冷たいタイルに転がってそんなことを思っているうちに、日が暮れて、親が帰ってきた。驚愕の声で身体を起こす。だるかった。猫もタイル敷きに背中を擦りつけている。
甘いな…。相対的な話。ラブコメはうじうじしてる過程に見所があるのだ、という主張を支持。