「まだ大丈夫だよ。自分でわかる」
ラーメンをつつきながら言う。熱いのが食えないので湯気を見送り、食い時を待っていた。同じものを頼んで勢い良く啜っているミドリが、向かいの席から茶々を入れてくる。食べながら喋るな。
「アオ、お前は気付いていないかもしれないが、その気になったら何でもやるヤンデレが本性だ。お前の」
一度前科があるのだから、二度目は更にスムーズにヤンデレと化すだろうと声を潜めて言う。おどろおどろしさを出したいらしかった。湯気の殆ど見えなくなった麺の束を啜る。醤油。冷ましすぎた。
また行くの、と素っ頓狂な叫び声が上がる。英子はいつも大袈裟に反応する。それが天然であるらしいから咎めるにも忍びなく、愛嬌だと捉えることにしている。たまに嫌気が差すのだけど。
「行く理由があるから行く。理由もなくSNS巡回してるより真っ当ですけど?」
「なんか機嫌悪いね…」
「別に、悪くない」
とっくに両手両足の指では足りない数を繰り返したこの遣り取りを、さっさと切り上げて足を向かわす。顔に当たる寒風さえ目的地へ近付いていることを教えてくれる。
や、と片手の平を見せて合図したのが大体十メートル先で確認できたので、こちらも同じようにして相手に手の平を見せる。左肩に鞄を下げた常の格好をしている。今日も鞄が馬鹿に大きい。布団でも入っていそうな大きさがある。
「寒くないですか? おでん作りますか?」
「…いや、今昼食べた」
「ふむ、ではシメのうどんだけでも」
「ラーメンだったから」
鞄に上半身を突っ込むようにしながら中を探している。中の何を探しているかは知らない。
「私の準備が空振ってしまいましたね…精度を上げなくては…。代わりと言ってはなんですが、マフラーを持ってきましたのでどうぞ」
「デザインに依る」
コンパスで描いたような模様のある布が出てきた。濃い緑色をしている。クリスマスツリーの葉の色を彷彿した。クリスマスツリーは何の木だっけか。
モミかな。他に名前が出ない。
「マフラーしてないけど寒くないの。俺が巻いてるやつ渡したら発狂して喜ぶやつ?」
「私がそういう反応したことありましたか」
「まだない」
「これからもない」
彼女は普段より声を張っていた。
例によって鞄に飲み込まれかけた形で中身を漁り、獲物を手にして帰ってきた。いそいそとそれを頭から被り、首許で様子を整えている。ネックウォーマーだった。
「…それすごい色」
「あなたの色です、アオさん」
「…」
自分はこれに弱いな。びっくりして呼吸を忘れるところだった。
「向けられる側は、慣れてないな」
無意識に後頭部を掻き回していたのを指摘される。元より整えていなかった髪型がどうなろうと気にすることではない。今度は意識的に髪を乱した。見ていた彼女が舌打ちをした。
思っていたよりラフな雰囲気の関係になった。相手のことを全肯定する過激派の予定だったが、まあこれでもいい。