創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

孤立無表情系

揺れるときは大抵布団にいる。寝ていて、ふと目が覚めて、ぼやけた頭で天井の照明器具や家具の形をなぞっていたら、揺れる。そのパターンが一番多い。昼間は却って揺れず、夜中にまた無防備を晒して大丈夫だろうかと不安しながら布団に入る。ひやひやしながら寝入る事、一週間。世間でいうところのOLをやっているKは、今日も出勤準備をする。

 

さらに一週間が経った。地震への恐怖が少しずつ和らいでいる。夏本番を間近に控え、汗ばむ体に纏い付くシャツを剥がしながら、Kはスーパーへ入った。冷房で体を冷ましつつ、買い物メモの品を集める。店内を巡って目的のものをみんな籠へ入れる頃には汗が引く。Kはレジへと向かう。

スーパーの外はムッとする暑さが充満していて、あと数時間で日暮れとはいえ、日中はむせ返るように暑いようだった。すぐに汗が滲んできているのを感じて些か不快だが、Kはその思考の脇で、別の不可解なことを考えていた。外の熱気がすごいのは諦めて、そちらに集中しようと思う。

 

Kには近所に親しくしている人間が少なくとも二人いる。実家でニートをやっているという青年と、現在ひとり暮らしの壮年。後者は一物抱えていそうな家庭事情が見え隠れするので、Kは極めて慎重に、触れないで来た。それはともかく、この二人を最近見かけない。二週間になるだろうか。今まで、スーパーに行けば一週間のうちに一度も会わないことがなかった由、不可解を感じた。しかし、別の店を使っているのかもしれない。本人以外が買い出しをこなしているのかもしれない。

ただ心配である現状を解消せんがために、Kは二人の家をそれぞれ訪ねていくことにした。杞憂ならそれで結構なのである。疎ましがられても、元気にやっているならよい。

 

まず青年ニートの家へ行った。玄関のチャイムに応答はなく、家人の気配がない。どこかへ出払っているらしい。夏休みでもないのに旅行だろうか(ニート君には妹君がいるらしい)。Kは首をひねったが、まあそういうこともあるだろうと考え直して踵を返す。と、わずか上方から硬質な板を叩く音が降ってきた。ノック音のようだ。目線を巡らせると、日の落ちかかる山を背景に、青年ニートの家の離れと思しき建物。その窓を、誰か人影がこんこんと絶え間なく叩いている。

「こんばんは…」

 

ノックの正体は例のニートであった。挨拶もそこそこに、閉じ込められたのだと言って諦笑を垂れ流す。そのまま黙るので、会話は断絶したが、Kはこの青年がなんの救助も欲していないとは到底思えなかった。困っていることはないかと尋ねると、窓から脱出するしかないが地上二階の高さが怖い、梯子があったら是非欲しいという。Kは暫く黙考したが、宛がない。代わりに食べ物を差し入れることにする。青年には部屋を探してロープ状のものを窓から垂らすように言い、Kは一旦家へ戻ることにした。財布を持って、再びスーパーへ向かう。

 

青年は延長コードに括り付けた袋の中に、彼が所望した食料が入っていることを確かめて、嬉しくて涙が出そうだと言ってにこにこしていた。代金は母屋にあるから、この部屋から出られたときに払いますとお辞儀をする。Kも小さくお辞儀を返すと、それを見ない内からニートは窓の向こうへ消え、早口で食前の挨拶をする声が聞こえた。Kは次の目的地へ歩き出す。

 

ひとり暮らしの壮年、彼に関しては救急車を呼んだ。倒れていてピクリとも動かない。庭で彼の飼っているらしい猫が名前のわからない草をもぐもぐやりながらKを見ていた。

 

そしてまた一週間が経ち、家でひとり倒れていた男が帰ってきた。脳震盪を起こして意識を失っていたという診断であった。しかしずっと脳震盪が原因の意識喪失時間が続いていたわけでもなく、途中からは至って健康な睡眠へと切り替わっていたとのこと。彼は、たぶん猫が蹴飛ばした何かが倒れてきて頭を打ったんだなと思案顔である。Kは真顔で相槌を打った。これで知人の一人の心配は解消した。

では、と言って暇乞いをしたところ、なぜか壮年男も家を空ける様子である。あの子のところへ行くんだろう、と聞くから素直に頷くと、彼は約束を交わしていたから果たさねばならんと言ってKを急かす。重い物は運べるかと突然質問され、不得手だと首を振る。それを見て、壮年男はふらっと家の裏へ消えてしまった。

待っていた方がいいのかわからずもじもじしていると、やがて壮年男がガチャガチャいう音を立てて戻ってくる。何かを装備しているような音だ。見てみれば梯子だった。ふむ、約束とはこれのことだったらしい。

 

ニートは無事救出された。地上に出て開口一番に、まさか階段が外れるとは、と頭を掻いた。彼の部屋は二階だが、この入り口が少々特殊で、まるで屋根裏部屋へ入るときに使う梯子のような階段が設えてあった。天井に貼り付けて仕舞うことが出来るので秘密基地っぽさ満載で…、と彼は語るがそれはさておき、普段は階段を降ろしっぱなしにしていた。毎日出入りするから天井へ貼り付ける手間を惜しんだわけだ。この階段が、先日の地震のときぽろっと外れてしまったという。不運である。ニートの彼はこの惨状を見て絶句し、さらに家族はみな妹のピアノコンクールだかで出払っており、そして階段なしで部屋から出ることが怖くて堪らず、生命の危険を侵して自室に閉じこもっていたらしい。

Kは内心で、一回飛び降りるくらいのことが餓死より怖いだろうかと怪訝に思った。そこで、外れた階段を直せそうかどうか視察するという壮年男の後ろに着いていった。

Kは、ニート青年の恐怖心はそれほど過剰なものでもないと納得した。一階は舟でも飾れそうなくらいの規模であり、天井は並外れて高く設計されていた。