創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

猫の餌食え(カラー)

 スーパー銭湯に通い詰めるわけにもいかない。親から出費の肩代わりを受けるとはいえ、たまには遠慮の姿勢を見せねば気まずい思いを味わうシチュエーションが幾度とやって来る。

 例えばブランチを嗜もうと冷蔵庫の有り合わせを腹の足しにした際。既に胃袋に収まった材料が夕飯に予定されている事態。母親が調理開始と共にそれに気付くからくりだが、まさか叱られるなどと露ほども危惧せぬ我ら六つ子は居間や屋根上で大暇を持て余す。全員揃って正座を余儀なくされ、犯人が誰であろうと等しく厳罰が宣告される。つまりその日が終わるまで、自立して過ごせと。母親は早々に学習したようで、兄弟並んでニートと化してすぐに制度が形を成した。早業である。

 さて、本日は丁度その刑の執行されている日に当たる。おそ松辺りがやらかした。ほぼ確実な暫定。夕飯抜き、風呂代も自腹、金に飢えたる六人は現在、へその奥で腹の虫が鳴き続ける苦しさに涙を流しながら風呂に入っていた。一人ずつ順番である。家の湯船は小さい。そして俺の番が来た。

 先に入浴した十四松が投入したのだろう、湯には薄く色が付いている。赤みの強い桃色だ。ラベンダーのような、芳香剤にありがちの植物的な香りがするが、なんの匂いかよくわからない。両手で湯を掬う。染められた桃色がさっと逃げたように失せ、手の平の色が透過する。

「なあクソ松」

 磨り硝子の向こうから声がする。扉に遮られ更に明瞭さに欠いた響き方をするこの声は一松のものだろう。一松は続けてこう言った。腹が減っているんじゃないか、と。どうしても欲しいなら猫の餌を分けてやらなくもない、彼は提案した。

「…それはちゃんと猫に食べさせてくれ。気持ちは有難く受け取るが」

 珍しく優しくしてくれる。今日のは何故だろう。やや不思議に思った。しかし、根っこが優しいのは昔からずっと変わらない。カラ松は満足げにひとり頭を縦に振る。硝子の向こうで、一松が擦り切れた笑い声を上げた。ヒヒヒ。やっぱり。誰も欲しがらないね。意外といけるのに。「ま、人間用の餌ばっか食って非常時に困ればいいんだよお前なんか」それから、「今日の湯、なんか混ざってるよな」

 そうだな、とカラ松は返した。一松が脱衣場の床に腰を下ろして膝を抱えたらしい、ぼやけた人影と気配が伝わる。

「十四松が入浴剤を入れたんだろう。それがどうかしたか?」

「入れたのは誰でもいいんだけどさ。濁るやつあるじゃん、たまに」

「牛乳のごとく白濁するやつだな」

 カラ松はうんうんと頷いた。浴室がやけに広く感じた。ひとり、頷くは壁の前。せいぜい吐水口が貼り付いているのみ。

 一松はごく小さな声で牛乳、と復唱した。そういえばこいつは朝一番に牛乳をガブ飲みするんだったと思い出した。最近は見張っていないが、パックから直接飲む不衛生行為は矯正されたのだろうか。どうでもいいけど。飲まねぇし俺。

 ああ、凭れた柱の角で背中が痛い。

「ああいうのってさ、水の中から何か、わって出てきそうで怖い、よな…」

「え、俺は気にしたことがなかったが…そうか、お前にも怖いものがあるんだな」

「は? 図々しい、年長者気取りか? 弱み握ったつもりになってんだろ、別に怖くねぇしテメーをビビらせて溺死してほしかっただけだし」

 一発、硝子を殴る拳がくっきりと映る。がしがしと足音を立てて去って行った。またも珍しいことに、一松が大きな足音を鳴らしている。普段は忍者見習いを自称できそうなくらい存在感を消すことに気を配るのに。

 カラ松は首から下を水面下に沈めた。張った瞬間から冷めつつある湯が、現時点で温めを体感させる。俺の後にも入る人がいるし、ここらで熱い湯を加えても良さそうだ。

 脱衣場の戸が閉まる音がした。誰か入ってきて閉めたらしい。どんな動きをしているのか、二三度くるくると影が左右した。間。影が、げ、と不快音を放つ。

「誰か入ってんの? うわ、だる…」

 トド松だった。ただでさえ空腹感で機嫌が良くないのに風呂のタイミングもままならないことに怒り心頭らしい。お冠。カラ松は、早く譲らなきゃなあと思った。首から下は水面下であった。冬の入り口。寒いのだ。

「これから温め直すから期待していいぞ」

「いや自分でやるし。早く出ろよ。てかカラ松兄さん、一松兄さんがブチギレで鬱状態なんだけど責任取ってよ、躁状態まで高望みしないからどうにかして」

 ふむ。俺が一松の気分を害したらしいことがバレている。隠すつもりは無かったが。ボイラーのスイッチを押す。待てば熱源から温まる。手を使って冷たい湯を底から持ち上げるように動かし、全体に熱を広げる。トド松が小言を垂れていたが内容は聞き取れなかった。暫くすると出て行った。階段の三段目辺りに腰掛けて風呂の順番待ちをしているのだろう、うちでは比較的良く見られる光景だ。気を抜くと他の兄弟に手番を盗られるからな。

フェイスタオルでがしがしと頭髪を乾かす。どうもあまり上手くないらしい。一松と並んで自然乾燥最下位を争うほど、タオル捌きが未熟だそうだ。その道のプロ、トッティがドヤ顔で講釈垂れていたのを思い出す。一松と一緒に毎晩乾かすように強請ったのだが却下された。すげなく呆気なく。「面倒くせぇ」とのこと。

 そうだ。我ながらとびきりのグッドアイデアだ。冴えている。俺が一松の髪を乾かす手伝いをすればいいのだ。しっかり乾かせば寝癖も酷くならないだろうし、風邪を引く心配も減る。良い事ずくめではないか。それが済んだら、一緒に猫の餌を食べるのも良い。夕食抜きは応えるし、背に腹は替えられないというやつだ。親切心にも報いたい。