「... ベーシックインカムってのが日本で実装されたらいいよねって」
トド松が言ってた。真っ黒な目をして、なぞに遠くを見ながら、 ぼんやり、といった風に言う。 そんな一松をちらりと見遣るおそ松。 ちゃぶ台の脇に寝転がっている彼は、肘を立て、手に頭を乗せ、 興味ありげに体を向けた。
ちゃぶ台にひとり付いているのはカラ松で、 こちらは一松の発言に気付いているのかいないのか、 ベーシックインカムとやらが何を指すのかわかっていないから無視 を決め込んでいるのか、特に反応は無く、 手鏡片手に前髪を櫛でとき続けている。
「ベーシックイン◯?」
わざと感丸出しでおそ松がとぼけた。
「全国民に毎月定額給付する制度らしい」
ガン無視。 一松は淡々とベーシックインカムについて説明していく。 その顔は天井の隅、 バニシングポイント的な終着点を向いていたが、 声の届く先は明らかにおそ松ではなかった。 一松は独り言に明け暮れる人間ではない。つまり相手がいる。
「一ヶ月に八万くらいかな、 それだけあれば物理的には生存可能なわけ」
「ほう...そうなのか」
あんなおぞましいものにバカバカと、 給付された金を使おうものなら、 と想像した一松はひとつの結論に至った。
最低限度の生活すら営めないだろう。完全に無駄金と化すのだ、 悪寒さえ走るクソダサいグッズを作るだけで。 手元に自由に使える金があれば即そんな風に使うのだろう。 そして食っていけず、死ぬ。
「 もしダッサいタンクトップなんかオーダーメイドして金が尽きて、 」
「お、おう」
膝で歩いてずんずんとカラ松に迫る。 ちゃぶ台を挟んで向かい合い、 一松は台に体重をかけて前のめりにカラ松に顔を寄せた。 完全な無視を食らっているおそ松は、 自分がハブられていることをいいことに、 にやにやと状況を楽しんでいた。
カラ松は、突然始まった話にようよう追い付いたと思いきや、 なんだか勝手に「カラ松ブランドグッズの制作は金の無駄遣い」 とのレッテルを貼られ、 よくわからないが極端に近距離でものすごい形相と相対するという 心臓バクバクものの現状に冷や汗たらたらであった。 でも一松が俺を心配してくれているらしい、 こんなに熱心に俺のことを考えてくれている。 体表は緊張で寒気を感じていたが、心の中は無闇にぽかぽかした。 カラ松の心情は全く呑気なものであった。
なおも恐ろしい顔面のまま、一松はついに手を出した。 カラ松の着ている服の襟首を引っ掴み、ぐんと床に押し付けた。 カラ松は呆気なく床に背中を預け、 一松はちゃぶ台にうつ伏せになる。 とりあえず机としては機能してないな。 おそ松は畳に体を預けた姿勢で思った。あー... 肘とか腰とか痛くなってきた。
「餓死なんかしてみろ」
「がし...?」
「来月の分、お前のも不正受給して!」
異様な光景だと、おぼろげに思った。 おそ松は相変わらずごろごろしていたが、 笑みは最早貼り付けたまま固定され、 とてもリラックスしていますとは言えなかった。まじ体が痛い。 無性にこの部屋から出たい。
一松はちゃぶ台を挟んで押し倒したカラ松を上から睨み付け、 大声を出して強く、主張を伝えようと試みていた。 完全に危ない雰囲気が出ていたし、 力関係もパッと見一触即発系の険悪さを示していた。 実は家に帰ってきていたトド松が、 誰にも気付かれないようにそっと襖を閉めて再び外へ繰り出したこ とはことの荒立たしさを説明している。
ここで、逃げたいおそ松は狸寝入りを決め込むことにした。 別に彼は絡まれていないので遠慮も配慮も不必要なのだが、 異常事態がそうさせた。
「...墓建てて、てめぇと一緒に入るからな!!」
「......おう」
なにが、おう、だ。 おそ松は閉じた瞼が追加で潰れそうな心地がした。これだよ、 これだから現場から去りたかったんだ。
殺人の起きそうな空気をびりびり出しながら、 結局こいつらいちゃいちゃと...。毎回そう。 カラ松と一松が同じ部屋に居たら100%発生することにしよう、 今度からまじで逃げよう。殺伐系リア充、 喧嘩でもしてるのかと心配して止めに近寄ろうものなら、 そのいちゃつきに当てられて、死ぬ。 死因はいつもどこぞのカップルのリア充オーラだ。くそっ。 他の穏やかなカップルなら回避しやすい。だがこいつらときたら、 傍から見れば殺し殺される立ち位置に見えてしまうのだ。 どう考えても存在の仕方が罪。 寄ったら例外なくリア充オーラで殺りにくる。
「...そろそろ学習しようぜ、俺...」
「何か言ったか?」
「いーや、なにも?」
一気に色んなものを削られたおそ松は、気だるげに立ちあがり、 よろよろと部屋を後にした。あいつらの名前書いた菓子ねぇかな. ..。あったら狙って食おう。疲れた。
ツメの甘い長男( こんながばがばなセキュリティで長男してないと思うが)