「うわ」
チョロ松は居間に照明が点いていないので誰もいないのだと思い、スイッチをオンの方へ押した。誰もいないと思われたそこには、ちゃぶ台に神妙に着席し、もそもそと目玉焼きを食べている一松と、それをありえないほどガン見しているカラ松がいた。…いや、そんな見られたら気まずくないか、気にならないのか?嫌なら何か言えよ一松…、そのようなツッコミを頭の中で飛ばしながら、二人の向かいに腰を下ろし、尋ねた。
「なんで電気点けてなかったの」
「今日は雨が降っているから暗い」
「日本語わかる?」
カラ松は一度もチョロ松の方を見ない。怖いくらいに一松を見ている。急に目玉焼きになりたいとか言い出しそう。チョロ松は持ってきた資格紹介冊子をおもむろに開き、パラパラとめくりながら再び尋ねる。
「電気点けてないと食べにくくない?」
「ノープロブレムだぜ、暗闇では俺自身が発光するのだから」
「恒星かよ」
つうかなんでカラ松が答えてんだよさっきから。今食事中なの一松だけだぞ。部屋が暗いと食べるのに困らないかって訊いてなんで食ってない方が返答するんだ。そして食ってる方の一松はというと、何食わぬ顔で食事を続けている。何食わぬ顔って、何か食ってるときに使うと違和感あるな…。どうでもいいけど。
「って、なんで一松はまた飯食ってんの?さっき朝ご飯だったよね?」
「……」
もぐもぐと口の中の目玉焼きを飲み込もうとしている様子。それを尚もガン見しているカラ松が、まるで幼い子供に言うように、ゆっくりでいいんだぞとか、なんなら返事もしなくていい、食べることに集中しろとか結構酷いことを言う。僕はお前のことをもっと優しいやつだと思っていたけど、間違いだったみたい。
ようよう口が空になったらしい一松が、
「トイレ行ってる間に終わってた」
「え、トイレってそんな遠くにあったっけ」
「…今日は暗いから」
「……」
テンション低めにそれだけ言うと、再び目玉焼きに目線を戻した。あ、それご飯の上に乗っけてるんだ。じゃあなんで目玉焼きばっかり食べてんの?ご飯確実に残るよね?…いや、人の趣向に意見しないけど。突っ込まないけどさ。
チョロ松は手元の冊子の中から、手軽に取得できて、取得費用が極限まで抑えられて(タダが希望だ)、しかも就職に有利になるという現実度外視3条件を満たす資格を探していく。なんか色々あるけど、どれもピンとこないな…。というか、目の前の光景に気を取られてすぎて資格の説明欄の文字が日本語に見えない。内容が頭に入ってこない。
「ねぇ、朝ご飯食べ損ねたなら、どっかに残してあるんじゃないかな。台所のテーブルの上とか、冷蔵庫とか見た?」
「…」
一松は箸を咥えた姿勢で固まった。そんなもんあったっけ、みたいな顔をしている。どうやら記憶を探って、心当たりがないか確認しているらしい。ちらと視線を動かして、台所を見てみたら、あった。ラップがかけてある。いや気づけよ。
「俺の視界には映らなかったな…。恥ずかしくて隠れていたのか、シャイ ブレクファスト…」
お前には聞いてねえよ。どうせ一松しか見てなかったんだろうしな。カラ松は片手で顔を覆い、ぼそぼそ何か言っている。ワールドに入った模様。こちらの世界への復帰にはしばらく時間がかかるでしょう。
一松はもはやそういう像なのかと勘違いしてしまう程の長時間の思考に浸った挙句、目玉焼きの続きに取り組むことにしたらしい。記憶の中には安置された朝食の情報は無かったと見える。立ち上がって確認する行為すら面倒なのか、僕のことを信用していないのか、一松が食べ損ねた本来の朝食の一件は遥か下流に行ってしまったようだった。
仕方ないな、気が付いてるのは僕だけみたいだし、気を利かせて持ってきてあげよう。
「ほら、あったよ」
「……ん、でももういい」
ごちそうさま、と一言置いて、入れ違うように居間から出て行く。えぇ…。受け取られなかった皿が手の上で沈黙している。チョロ松も黙り込んだ。さらには、あろうことか、一松は居間の照明も消していった。なんてやつなのだろう。人が居ることを失念しやがったのか?それともわざとか?
真っ暗になった部屋で、皿を片手に立ち尽くす僕。と、まだワールドを堪能しているカラ松。雨音がしとしとと染み込んでくる。本当、今日は暗いな…。
「カラ松…」
これ、食べる?そう聞こうとした。僕の声で我に返ったのか、こっちの世界に戻ってきたカラ松は、すかさず立ち上がった。一松が横に居ないことをこの一瞬で察知したらしく、きょろきょろと探しているようだ。顔を振る勢いがありすぎて、心なしかびゅんびゅんと風を切る音が聞こえる。怖い。首飛んでいくんじゃないか?
「ドントワーリー、チョロ松。俺は暗闇では自らが発光する」
先回りして心配の種を回収したぜ、みたいな声色で言いながら、カラ松は居間を出ていこうとしているらしかった。しかし、僕にはカラ松が発光しているようには見えない。暗闇の中から、何かにぶつかる音と短いうめき声がひっきりなしに聞こえる。その辺りに電源あるだろ、と念じてみたが、ついに真っ暗なまま、カラ松は居間を脱出した。
チョロ松は居間を明るくして、静かに二度目の朝食を摂り始めた。