夏至に一年で一番昼の長い日が来るように、 暦が決められているのだったか。6月下旬、蒸す昼下がり、 梅雨入りをしたと聞いているが今日はよく晴れている。 暑いあつい、日本の夏が去年から一周してまた訪れる。 俺は外国に行ったことが無いから、 日本と外国のどこそこの夏の違いを肌を以て体験したわけではない 。しかしテレビで何かバラエティー番組を見た時だったか、 よく思い出せないがある番組で日本の夏は湿気が高くて単に気温の 高い国とは別の過ごしにくさがあるとか言っていた。 そういう実地経験を踏まえた雑学は、 露伴が詳しいかもしれないなと思う。 色んなところへ取材に行くし、国境など軽々超えていそうだ。
と、 漫画家先生のパスポート事情は大した関心の寄るところではない。 それに、今日は暑いのだ。繰り返すが、暑い。 よその国にここより快適な場所があるかもしれないことを夢想して 現実を忘れようにも、これじゃあ厳しいというものだ。無論、 日本の夏がじめじめしていて汗が噴き出すような不快さをもたらす と言っても、屋内や日陰にいれば多少はそれも軽減されるし、 何より暑い真っ盛りの時期に肌を寄せ合いおしくらまんじゅうまが いのことをする人間はそうそう居ないだろう。 現実逃避が厳しいというのはつまり、 なぜか俺の背中に張り付いておんぶお化けになっている露伴のせい である。おかげで暑苦しさが数割増しになっている。 現在気温は不明だが、 こんな夏日とか猛暑日とかいった特異デーを示す肩書の付きそうな うだる日になぜ。正気かと尋ねたくなってしまう。
一日着ているシャツは学校終わりの時点で肌にぺったりとする程湿 り気を帯びている。 さっさと家に帰ってひとシャワー浴びたいと思っていたのに、 玄関に待ち伏せされていた。え。それって思い返すと怖くないか。 露伴って自ら出向いてくるタイプだったのか? まあいいか。憂うにしても、露伴のことじゃなくて、 自分の現状を考えたほうが身のためになるだろう。
暑いから離せと言ったらもう少しと言う。 まだ駄目だと続ける声は俺の首の下の方でもごもごと籠っていて低 かった。喋った時の吐息すら暑い。 密着が過ぎるんじゃあなかろうか。 汗をかいている身体を嗅がれているようで良い気分はしないという のもある。露伴が匂いをどう評価しようが構う所ではないが、 嗅がれることへの生理的不快は否めない。 マジで匂いを確かめられているのだろうか。殴ってもいいか?
「なぁー、暑いんスよ…マジで」
「知ってる。僕も暑い」
「この腕外してくれたら一気に涼しくなるんですけどねー、 保証しますよ」
へその辺りで組まれている露伴の腕を軽く叩いて指摘するも、 今度は無視ときた。返事がない。 突然持て余した気分になったので、 冷蔵庫の麦茶を飲むことにする。後ろに引っ付かれているものの、 身動きが取れないわけではなかった。 俺が歩けばその方向に引きずられて着いてきた。 冷蔵庫から目当てのボトルを取り上げて、はた、 注ぐためのコップを持ち合わせていないことに気付く。 ボトルから直に口に流し込んでもこぼさない自信があるが、 母親に見つかると想像以上の激しさで叱られるので念のためだ。 まだ仕事中で家には居ないが、万一ということがある。 ずるずると背後の露伴を共に食器棚からコップを取り出し、 ようやく一杯にありつく。 冷やされていた茶は文句なしに美味しい。 調子に乗ってあまり飲みすぎると体に悪いらしいが、 そのデメリットを知って尚この魅力は衰えない。 喉を鳴らして堪能していると、 束の間この気温とこの張り付いた人間のことを忘れられる。
そういえばと、やつらの存在を思い出した際に、何か_ 僕には何か無いのか、客人だぞとか、言われるかと案じたが、 意外にそれはなかった。
「…よし、じゃあ帰る」
ぱっと背中が軽くなり、瞬間体感温度が降下した。やっとか… つーか何の用で今の今まで引っ付きまわっていたのか。 執念の嫌がらせか? やってる側も相当苦労しそうな効率の悪い嫌がらせなのか? 露伴ってそういう奴だったか? 面倒くさそうな性格の奴だとは思っていたが、 今のはオカルト案件ではないか? 怪奇。
「どうだった。暑い、以外の感想は湧いたか?」
「ただただ暑苦しーだけだったっスよ。 俺アンタのことわかんねース」
「またやってやる」
露伴は腹に張り付いたシャツの裾を引っ張り風を作って肌を涼ませ ている。ぱたぱたやりながら、 上気した顔で不適な笑みを浮かべて見てくる。 一連の不可解な行動も、 もしかすると漫画に使う材料集めだったのだろうか。 もしそうだと言われても納得できる気がしない。 なんなんだこいつ。企むような笑顔を下げて、 にやにやというに相応しい風情で、露伴は玄関から去っていった。 ご丁寧に閉めていったドアを見ていたら、 麦茶のボトルを手に持っていることを思い出した。 別に喉が渇いていたのではなかったが、 何となく一杯注いで飲んだ。
解説: