創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

空に降りていく(密誉)

公式情報未完全取得状態、注意
 
 
同室である二人は、それゆえに同じ空間を共有している時間が長く、あっという間にそれが日常の光景となり、目新しく活気づいて会話する関係ではなくなった。とはいうものの、そもそも片方が話をする気のなさげな態度で鎮座しているから、初めから「活気づいて会話」したことはなかったのかもしれない。彼らは彼らのペースを貫き、それでいてお互いの存在が常に共にあるように周囲には認識された。当人らがどう考えているかは不明である。
 
夜、布団に入って寝る気でいるところを妨害するのは、彼の日課か、気性か。日中よりも声のボリュームを落とせばしゃべり続けても問題ないと勘違いしていそうな彼は、今日もまたべらべらと尖った感性を披露する。同じ部屋に割り振られて初めの三回くらいまではうるさいと伝えていたが、最早聞く耳を持たないと悟ってからは無反応に徹して眠ることにしている。睡魔に押し負ければ少々耳障りな音も遠のいていく。密は、そうしてここしばらくの夜を凌いでいた。
「今夜はいい夢が見られそうだね、密くん」
「……」
「おや、もう寝てしまったのかい。せっかくワタシが同室なのだ、長い夜を過ごすにとっておきの詩の朗読がこの美声、しかも生声で聞けるというのに」
「聞かない。寝る」
頭まで布団を引き上げて隠れる。息苦しくなるが、アリスの声はくぐもって聞こえる。本当は黙ってほしいけど、仕方ない。喋っていないと死ぬタイプの、回遊魚的な人間なのかもしれない。たぶん合ってる。布団の向こうでまだ何か言っているのをスルーして、瞼の裏の黒を見詰める。
 
「ねえ、やっぱりもう寝てしまったかい」
「…寝た」
起きてるじゃないかと言う声は、昼間のそれとは違ってなんだか夜っぽくて、それは夜の近づきたくないところを無理に持ってきたみたいな異質さで、アリスには似合わないと思った。何かあったのかと問いただすべきなのか、正しいはずの選択肢を検討する思考はもう睡眠モードに入っているから動かない。眠たい。ろくに舌も回らないし、首も座ってない気がする。これでも真剣にアリスを無視しない対応をしているつもりだけど、起き上がって壁にもたれかかったのは失敗だったかもしれない。睡魔がすぐそこまで来ていて、体が重力に負けそう。
「珍しく寝られないのかね、ワタシが眠るまで傍にいてあげよう」
「アリス…」
「あぁっ、待ってくれ!もう少し起きていてくれないか!」
「…声大きい」
「すまない…、寝られそうにないんだ」
背中を向けたアリスは、小さな声で呟いた。オレよりも背の高いアリスの背中が、今は照明の点いていない部屋の中で縮こまっていて、おかしいなと思う。似合わない。湿っぽさとか気弱さとか、合ってない。オレもアリスに背を向けて、座りなおす。ベッドの木柵を挟んで、背中を合わせてみる。もたれかかると、角が刺さって痛い。でも、丸くなったアリスの背中に当たると、配慮を利かせて背筋を伸ばしてくれる。これで背もたれ確保。いつでも寝れる。
「ねむ…」
「好きな時に寝たまえ。君のやさしさは受け取ったから」
「…」
本心じゃないことは声色で分かった。話を聞いてほしいと思っているくせに、簡単に他人を優先する。他人のマイペースを乱さないことを優先する。オレはそれに甘えていつでもどこでもやりたいようにやっているけど、そういえばアリスだってオレと同じように人間のはずだ。我儘を聞いてほしい時もあるのかもしれない。これがアリスの我儘なら。聞くだけ聞いてみるくらいは、オレでもできるかもしれない。
「話…、長かったら寝るから」
一瞬、背中の後ろで背もたれが強張る。…ちゃんと仕事をしてほしい。
「…ありがとう、密くん」
 
はと気が付いたら朝だった。目を擦り朝日に照らされる室内を見回すと、机に向かうアリスの姿が見える。結局昨日の夜の話は何も覚えていない。アリスが話し始めてすぐに寝落ちしたのだと思う。長い話は聞けないって言ったのに。
あくびをかみ殺すと、オレの気配に気づいたらしいアリスがこちらに顔を向けた。晴れやかな顔をしている。今にも「詩興が湧いた」とかなんとか言って踊りそうな顔。
「ぐっすりだったね、昨晩は遅くまで付き合わせてしまったからそっとしておいたのだよ
「…寝足りない」
「いつもそう言うじゃないか。今朝はワタシの新作の詩を聞いて、目を覚ますんだ」
「……いらない…」
ふと不思議に思う。これ、は、本当に昨日のあれ、と同一人物なのか?打って変わって正と負を入れ替えたようなテンションの差、もしかしてオレは夢を見ていただけなのか。夢を見たということは眠りが浅かったということだから、今眠いのは当然。もう一回寝よう。
まだ布団は暖かい。これなら一分と待たず寝られる。布団に横になって、目を閉じて、視界を閉ざす。…あれ、昨日はいつ布団に入り直したんだっけ。頗る眠いのに一度起きたところまでは覚えているから、それ以降、何かあったのか。夢ではなく。
確かめようかと布団の隙間からアリスを窺うと、丁度目が合う。何も言っていない内から、何かを察知したようなしたり顔をする。跳ねるように陽気に近づいてくる。枕元まで来たアリスは、心底充足したような笑みで、君には全身を使って表現しても有り余るほどの感謝の念を伝えていきたいと言う。有無を言わせない強圧な満足顔で見てくる。オレが何を言ったのか、したのか、聞けない。どうしようと困ったのは初めてかもしれない。もし覚えていないと言ったら、すごく、不味いことになりそうな。アリスがオレにマシュマロのいいやつを買ってくれると宣言してくれたのは良いけど、それも昨晩の何かの巧妙だ。下手すると、水泡に帰す。
どうしようか。