創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

空に降りていく、つづき(密誉)

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ダイニングの扉を開ければ、監督くんの朝の挨拶が迎えてくれる。今朝はゆっくりですねと聞かれるから、ふふと鼻を鳴らす。後に続くもうひとりを部屋に入れて戸を閉める。それが誰なのかわかったようで、監督くんはあらと声を上げた。
「今日は密さんに合わせたんですね、ということは誉さんはいつもよりお腹が減っているんじゃないですか?」
「あぁ、確かに朝食の時刻が普段よりも遅いからね、しかし詩興と共にあれば空腹などさしたる障害にはならないものだよ」
「昼も近いので少なめにしておきますか?」
「オレはいらない…」
「マシュマロを食べるなら朝ご飯を食べてください」
えぇ…とごねる密くんは、なんだかんだ着席して朝食の準備を待つ姿勢に入った。さて、ワタシも同席しよう。薄く焦げ目の付いたトーストに昨日のカレーを塗ろうとする監督くんに、ワタシの分も用意してくれと頼む。
 
「お待たせしました!」
トーストに塗ったカレーに、カップに注がれたカレー。辛うじて水だけはカレー味ではないものの、朝から真っ茶色のカレープレート。昨晩も似たような食卓だった記憶があるが、これをきらきらしたドヤ顔で出す監督くんを異常だと糾弾するわけにもいかず(聞く耳を持たないどころか寧ろ喜ぶ節がある)、ありがたく頂く。
「昨日と同じ味…」
マシュマロがいい…、と椅子から逃げようとする密くんだったが、ワタシが抜け駆けを止めるよりも早く反応したのは監督くん。肩を掴んで椅子に押し付け、強引に座り直させる。全身からオーラが漲っている。目に並々ならぬ力量を湛えて言うことには、「二日目のカレーは初日のそれとは全く別物ですよ」と。ロングランなカレー語りが始まってしまう。密くんは既に寝始めている。
「まあまあ、その辺にしておくのはどうかね、監督くん。せっかくの出来たてが冷めてしまう。さ、密くんもここはひとつ、行だと思って食べるんだ」
「ぎょう…?」
「いや、それはこちらの話だ、君の気にするところじゃない。言葉の綾、とでも言うべきかな」
目が据わっている。そんな監督くんの視線から逃れるようにカレー三昧メニューに取り掛かる。しかし、カレー論はBGMと化し、滔々と脳裏を掠め続ける。アリス…バカ……と呟く声が聞こえた。密くんだ。じとっとした目の彼に、すまないと一言掛けてみたが、特に反応は返って来なかった。
 
密くんが何度も自分の前のカレーを横流ししてこようとするので、始めは押し返していたものの、結局ワタシが折れて1.75人前くらい食べることになってしまった。食後にお茶を淹れて、密くんにも尋ねてみると、これは要るらしい。我儘だねと言ってみれば、恨みがましい視線が飛んでくる。彼は何か言いかけたが、一度開けた口を閉じて何も言わなかった。
 
温かいお茶というのは良い。密くんは湯呑みが熱すぎて触れなかったようで、たまに恐る恐る手を伸ばして温度を調べている。ワタシがそろそろいい温度だと教えたのだが、口を付けて直ぐ机に戻したので駄目だったらしい。手で口を覆い、熱いと唸っている。密くんが飲める温度に下がるまで、しばし待つとしよう。
ワタシが自分の湯呑みから手を離したのを見計らってか、思い出した風を装って監督くんが訊ねてくる。
「今朝はなにかあったんですか?普段なら寝ている密さんを引き摺ってくるのに」
「やはり気になるかね」
「話しにくいなら全然大丈夫です、見たところ二人が喧嘩しているようでもなさそうですし」
向こうから聞きたがったというのに、矢鱈と無理強いはしませんと念押ししてくる。さらには腕時計をちらちらと確認しては忙しない。用事があるのなら手短に話そうかと提案すると、三行でお願いしますねと返ってくる。そうまでして聞きたいらしい。忙しくとも、ワタシの溢れる才能をふんだんに込めた詩のひとつでも聞かぬことには一日が始まらないということか。当然だ、素晴らしい日は素晴らしい作品から始まるといっても過言ではない
「心したまえ、最高の即興詩になるぞ」
ちらと密くんの方を見てみる。そっと湯呑みを突付いて大丈夫と判断したのか、湯気の薄くなって大分冷めたのを追加でふぅふぅやっている。心なしか眠たそうな目をしている。彼はいつも眠そうにしているが、昨日のことがあったから余計に眠気が強いのだろう。布団に入れば数秒を数える間もなく寝入るのに、無理をして睡魔と戦ってくれたのだと思うと、有り難さが胸の内に広がる。合わせた背中の暖かさや、言葉少なな彼がくれた頼もしい台詞、ワタシが自分でも夢うつつを抜かしているとわかる物語に呑まれそうになったのを、ある種彼らしい方法で連れ出してくれた。
「こっちでも会えたんだし、どこへ行っても会える」
そう言って、否定も嘲弄もしないで、ワタシの荒唐無稽に便乗してくれた。別の世界から逆さまに落っこちてきて今ここに居て、また重力が逆さを向けばこの世界からも落ちていく。広い空のどこへ投げ出されるのか、途方も無い可能性のすべてに恐怖を覚えて絶望に溺れかけた身体を、同じ物語軸に立って引き揚げてくれた。こんなに興をそそられる、深い感動は記しておかねば。
 
「三行では無理だ、出版されるまで待ってくれ…いや、これはワタシと密くん二人だけの秘密にした方が、より興をそそるのではないか?どうだね、シークレットに関心を掻き立てられるかい監督くん!」
「え、まぁそうですねー」
「では、敢えて明言は避けよう。今日以降の詩に、ヒントを散りばめるくらいなら、構わないかな」
密くんは重要な隠し立て協員だから、きちんと許可を得ねばなるまい。温度が下がって飲めるとわかれば一気に飲み干す彼は、空になった湯呑みにもう用はないとばかりにそっぽを向いて伏せっている。
名前を呼ぶと、眠そうに呻く。夢の世界に入りかけているところ申し訳ないが、もう一度尋ねて許可を仰ぐ。
「……」
眉を寄せて、机の木目を睨んでいる。湯呑みを見ているのではなさそうだ。なにか悩んでいるのだろうか。
「プライバシーや威厳に関わるということなら、十全に配慮するよ。無理ならそう言ってくれればいい」
「…………」
「どうしたんだい?」
うう、と喉で唸っていた彼は、ふいと顔を上げた。その先には監督くんがいて、彼女はすぐに皿を洗う手を止めてぱたぱたと駆け付ける。ふたりで何やら耳打ちをし合い、よほど深刻げな顔で頷きあうなどしている。微かに聞こえてきたのは、「マシュマロと、どっちが大事ですか」とか、散々唸って悩んだ挙げ句の「マシュマロも大事…」とか、もしかするとワタシはとんでもなく非道な仕打ちをしているのかと不安になってきた。マシュマロ命の密くんに、マシュマロが得られない苦痛を与えているとすれば。取り敢えず謝って、その後は相手の気持ちを聞き出して…
「困らせてしまったなら、謝ろう。すまなかっ…」
「ごめん」
「密さんも、わざとじゃないですからどうか大目に見てあげてください」
「…?」
 
ワタシは、全く密くんらしい顛末に笑ってしまう。身覚えのないことで感謝される彼の心情は如何なるものか、それを度外視してマシュマロで礼をすることを再度約束する。彼は驚いた表情をして、アリスもマシュマロも選べた…と呟いた。どういう意味か解りかねるが、監督くんとふたりして一件落着の空気だから、それで良しなのだろう。
 
さて、最後になるが、ふたりが一緒になって申し訳無さそうな顔をして言ったのは以下の通りだ。
_ごめん…昨日、寝てた。
_誉さんの話を聞こうとしたところまでは覚えてるみたいなので、本題の話を聞かずに寝ちゃったことは、どうかお咎めなしで!
 
(アリスの信用を取るかマシュマロを取るか葛藤する密くんの話)