2022/5/15
ある晩、仗助が唐突に言い出した。ゲームをしようと。前もって準備しておいたらしいトランプをズボンのポケットから抜き出し、テーブルの中央に置いた。僕と仗助で挟む形で鎮座したトランプ(紙のケース入り)を見下ろす。
「…また賭けかい」
「いや、俺は賭けのつもりじゃなくて…露伴が賭けたいなら、手持ちは…ある」
「ふぅん…」
普段と違い煮え切らない様子なのが何やら怪しい。そわそわとして僕の方を見詰めてくる道理がわからないから誘いを拒否してもいいのだが、金儲けが目的でなく挑戦を請うこいつの考えを暴きたい。
「じゃあ賭けはなしだ。一回勝負でいいのか?」
ババ抜きをふたりで行う沈黙のマンネリを味わった日から数えてかれこれ二週間くらいになるか。仗助は毎晩手を変え品を変えゲームを挑んできた。オセロ、将棋、チェス、花札…と手当たり次第道具を揃えて持ってくる。三日目にはテーブルゲームに特化してゲームを選択していることに気付いたが、だからといってあいつの考えていることを読めたわけではない。
自分でチェス盤や駒を用意しておいて、右も左もわからない素人だと白状し勝負にならないグダグダとした時間を流すことさえあった。何も賭けてなくてよかったなと嫌味を飛ばせば、ホントっスねと情けない反応を寄越すのだが、その顔は一点の曇りもない微笑に染まっている。何が楽しかったんだ?
「今日は神経衰弱やろうぜ」
「オイオイ、ふたりだとえらく時間が掛かるぜ」
そろそろ三週間を超える。数十回とゲームに誘われ、便乗してやって、相手がルールを碌に知らないゲームの時は力を入れて完封してきたがわからない。なぜ勝ちに来ないのか。なぜ何も賭けないのか。この時間は何なのか。
今夜、賭けをして訊くつもりだ。
これだけ回を重ねて糸口が掴めないのは非常に癪なことだが、これからもわかる日は来ない気がする。毎度毎度ボロ負けているのに機嫌の崩れない姿は気味の悪ささえ感じる。きちんとした理由を知りたい。
「どうして手間なゲームなんだよ。嫌がらせか?」
「嫌っスか」
「…今夜は賭けをして聞きたいことがあるんだが__」
じっと見られている。眼差しに訴えかけられる何かを感じて、一瞬口を噤んだ。ふたりして黙る。その間も目線は外れることがない。重い。
「…なんだよ」
「露伴は、俺とゲームすんの、嫌?」
嫌? 別に、嫌ではない。が、僕の気持ちがどうして問われるんだ。誇張気味に首を傾げて疑問を呈す。はぁ?と言うと軽く睨まれた。全く怖くはないのだが、素直に答えざるを得ない圧がかかっている。不本意だ。
「そっか。俺だけが一方的にってんじゃないなら、良いんだ」
先攻後攻を決めようぜと拳を見せる仗助に釣られてじゃんけんをする。後攻。
…そんなことは大した要素じゃない。あいつ、話をはぐらかしやがったんじゃないか? 今からでも賭けを設定するかなあ。もう捲り始めているが。
「おい」
「露伴はさ、漫画が一番だろ? 寝ても覚めても。漫画のこと考えるなってのは無理だろうし、俺も言いたくねえ。けどな、」
僕は今、ハテナを周囲に浮かべているに違いない。仗助のヤツ、並べたトランプの背を見てベラベラと喋っているが文脈が読めない。表情もよくわからない。
二枚目のカードが捲られる。
「…けどな、こうやってゲームしてたら少しは引き留められっかなって、思って」
カードの絵柄は揃わない。つと顔を上げたそいつは、心が痺れるような、痛そうな悲愴の顔をしていた。
「フン、外れだな。初手とはいえ、やっぱりこれは長くなるぜ」
ほら戻せよ、とカードの裏返しを促す。どうも動きがのろいので、仕方なく僕が一枚代わってやる。これはゲームを早く終わらせたいからじゃあない。
全く、仗助らしからぬ、くどいことをしてくれる。
「お前の大好きな僕が、お前を一番に考えてやる時間だぜ? もっと面白いツラ見せろよ」