創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

生々

前置きしておきたくなるくらいには、センシティブな表現があります。自分の書いた小説の中で群を抜いているいかがわしさ。

 

ーー

中学の同窓会があった。参加に印を付けて返信はがきを出した。ちょっといいホテルを借りてあって、豪勢な雰囲気でビュッフェ形式の食事が提供された。同窓生たちはてんでにグループを作って、食べ物を突いている。テーブルに張り付かれると盛られた食事に手が足りない。図太い顔をして、何度か集団を押し退けた。

ちまちまと多種盛り付けた手製のプレートが出来上がったころ、都合のよい顔ぶれを発見した。もう十年くらい経つが、玉になるならこのメンバーということか。中学で最もよくつるんでいた面々が揃っている。全員同じ部活に入っていた。これで同学年の部活メンバーの半数がここい居る計算になるが、対立していた顔が並んでいないのを見るに、未だに尾を引いている感がある。尋ねてみれば、何となく気まずいのだという。予想通りの、変哲もない答えだった。

立ち食いの様相を呈しているので、そこそこの大皿を片手に抱き込み、フォークでパスタなどを掬う。箸もスプーンもあったが、フォークが一番応用が効く。はずだ。ナポリタンを啜りながら、旧友が駄弁るのを聞き流す。食べ物よりも懐古に熱心にしている。近況を交わし合う彼らの手には、喉を潤す飲料のみで、そいつをちびりちびりと傾けて、休み無しに喋り続ける。すごい。

自分と同じように、場の空気から浮いたように食べ物にがっついている者が輪の中にひとり居た。私は足音を吸収するカーペット地のフロアを忍び足で近寄り、彼女に声を掛ける。ちら、と一瞬瞳が私を見たが、殆ど何事も無かったかのように再びオードブルを食っている。その目が手元の食事を見ているようで見ていない、黒々とした別のものを視界に収めているように思えたのは、私がそうだからか。

中学の頃は双眸のハイライトは欠かさなかったし、ムードメーカーとまでは言わずともムードキーパーくらいの、場の空気が良好ならそれを維持するためにノリよく反応する、そういうポップなキャラクターだったのに。彼女は瞼を伏せがちにして、黙々と皿の上を片付けていく。雰囲気が以前よりも硬い。若干話し掛けづらい。

その雰囲気に気が付かなかったふりをする。

「今どんなことしてる? 大学? 就職?」

彼女は明らかに顔をしかめた。本人は表情に出ないと思っているのか知らないが、瞬時に感情を引っ込めたとしても見せた時点でアウトなのだ。彼女は言い淀んでいる。答えたくなければ同じ質問で切り返せばいいものを、真面目に答えてくれる。

「大学は、やめた。今はバイト。家でパソコン使って仕事してる」

「在宅でってこと? ふうむ…なら丁度いいかな…」

「……」

私が思案顔を作って、相手に内容を促すようアピールしているというのに、彼女は何も言ってくれない。アイコンタクト派なのかと思い直し、天井の方を彷徨っていた視線を彼女の眼へ持っていく。が、彼女は私を見ていなかった。空にした皿を見詰めて、それから右手をグーパーしている。

「何か飲みたいと思って」

「汲んでこい」

彼女の皿を預かって、ドリンクサーバーへ送り出す。私も既に皿は空けていたので、重ねる。旧友たちは大体を語り終えたらしく、今度は私に矛先を向けた。ねっちり話し込んだ。

 

「んあ、昨日振り。今日は仕事休み?」

「休憩、というかサボり、というか。比較的時間に融通が効くから」

「なるほど、買い物済んだ?」

「ただの散歩だから買うものはない」

五秒ほど、彼女は推し量るように固まっていたが、じゃ、といって踵を返した。すたすたと歩いていく彼女の横に並ぶ。動揺して歩みを止めそうになるのを先へ促して、ふたり並んで歩く。私は缶コーヒーを飲んでいた。

「一週間だけ泊めてくれない? 寝る場所だけ借りれたら十分なんだけど」

「…一週間。寝る場所、……風呂は? トイレは?」

「あ…それは、貸してもらえると有り難い」

私はとぼけた顔で頭を掻く仕草をして見せた。苦笑いで低姿勢。当たりは悪くないんじゃないか? その証拠にほら、彼女は自分の母親に聞いてみる、と呟いたが、同時に私の部屋で寝ればいいと言った。既に泊める気があるのだ。

「私のこと何か聞いた?」

「転職活動中。昨日聞いた」

彼女の散歩は折り返して、自宅まで歩いた。これからもう一働きするという彼女は、機密情報の保持があるから、部屋に入らないようにと忠告して自室へ入った。連絡先を交換した。中学のとき以来だった。携帯の機種変更を経てどちらかの、或いはお互いの連絡先データが消えていた。私は再び公道に出て、ぼんやりと当て所なく街を巡った。離れを自室にしている彼女は、母屋を解放しようかと提案してくれたのだが、やや神経が図太過ぎるかと思い断った。拍子抜けするほどあっさりと、彼女は引き下がった。

 

誰かを家に泊めたことはあるか聞いてみた。彼女はベッドの上で首を傾げ、祖母が泊まったことはあると答えた。私には敷布団を用意してくれた。五十センチくらい上にある彼女の頭を見るために、私は座位を取っている。言葉少なな彼女との会話では、答えを絞り出そうとする過程の首の傾げや眉に寄る皺、色々に動いたり閉じたりする眼の動きを観察することで、待ち時間の暇を解消していた。

親族以外知らない、同じ部屋で他人と睡眠することも知らない彼女。宿泊研修で他人と同室での睡眠経験はあるといってマジレスしてきたが、その経験は私にもある。比較にならない。私より余程初心ではなかろうか。

「同じ部屋でふたりが夜を過ごすと、こういうこともあるよね? ここ、離れだから気も遣わなくていいし」

私は彼女の左手を掴んでその五指に自分のそれを絡めて握ってやった。間髪入れずに頬を撫でる。指の背で往復した。彼女の頬は夜風で静かに冷えている。肌の奥まったところから、体温の伝わりがある。

彼女は全く無感動な表情で、その黒い何かを見詰める双眸で、私の方を見る。常夜灯の光が、彼女の眼にハイライトを落とす。

「いやなら今言って」

「…金曜の夜を選ぶのは疲労の蓄積を考えて不親切だと思う。明日もう一回やり直して。その時乗り気ならやる」

 

翌日、彼女は自身の妹を相手にして性行為が行えそうな気がすると打ち明けた。他にその気になれる相手は特にいないと言う。唯一が同性の近親相姦であることから、死ぬまで処女かなと自嘲していた旨を語った。

「だったら私相手にって、簡単に決断できるものじゃないでしょ」

「別に。行きずり。そっちだって初めからそのつもりで上がり込んだくせに」

偽善振るな、と低い声で唸るので、彼女の感情の表れの珍しさに瞠目してしまう。常夜灯の下、瞼の陰で一層得体の知れない何かを映しそうな彼女の瞳をじっと見た。目を合わせるのは相当苦手なようで、直談判まであったが、強請ったら目を合わせてくれた。正直チョロい。これだから初心は。

身構えてガチガチになった彼女の背中に腕を回して、キスをした。彼女は勝手に窒息死しそうだった。笑える。

月光は無かった。常夜灯すら恥ずかしいと物怖じするので、言われた通りに消灯し、入門セックスとでもいうような、ごく簡単なペッティングを施した。

 

それから約束の一週間が経過して、彼女に別れを告げる場面に至る。転職活動はいまいちだが、どこにも口がないわけでもない。適当に定住するわと言ったら、年賀状を送りたいから住所を云々。妹との件を報告する気じゃああるまいなと疑った。疑ったら、まさかのその通りだった。なぜそこまで晒すのだ。数回夜を営んだだけのしがない同級生相手だぞ。

わかったわかったとおざなりな返事をして、手を振る。彼女は控えめに手を振って、その後は片手を固めて突っ立っていた。少し気まずくなって足を速める。まだ私の背中を見ているに違いない彼女を思い、交換した連絡先を削除しておかねばと考えた。連絡先を削除すれば彼女に住所を知らせる手段はない。年賀状の出しようがない。

私は彼女が嫌いではない。潜在的恐怖心とか、生理的嫌悪とかいうものでもない。中学時代から大幅に性格を変えてしまった彼女の掴めなさが不安にさせる。ほんの冗談のつもりが、あれよあれよと言う間にセックス? なんなんだあいつは。過去に何があったのか。なぜか私が疲れてため息をついた。

 

恐ろしいことに、年を越してふらふらしていた私(住所不定)の前に、彼女が現れて年賀状を手渡ししてきた。同窓会後の一件のときより顔色が悪化して、隈が透けていた印象が残っている。やはり瞳のハイライトは無かった。私と缶コーヒーを飲んで少し話をした。