創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

再会

「せんせー!」
ぶんぶんと振る左手が、遠目にも少女の存在をアピールしている。弟の手を引き、慌ただしい駆け足にてあっという間に間近へ寄ると、肩で息を切らしつつ破顔する。額の汗が玉のように光り、弾けて頬を伝っていく。
彼女は斜め掛けしていた水筒を弟に渡して飲ませる。続いて自身が存分に水分補給をすると、再びぱっと顔を輝かせ、こんにちはと言うのだ。せんせーと呼ばれた私は、座っているベンチを叩いて、彼女ら姉弟に座るよう誘う。

自動販売機の裏にそのベンチはあった。南中する太陽から直射を遮る自動販売機の裏で、私はしょっちゅう息継ぎをしていた。息抜きというほうが伝わるかもしれないが、息継ぎと表すのが私の中では正しい。戻るとまた呼吸に細心の注意を払って、窒素する前に逃げる用意をしなくちゃいけない。はあ、大儀だね、よくやるね。耐えられず逃げてしまう場所にほいほい舞い戻るバカ。自分が逃げ出すと予期していて回避行動に走るのと、どちらがましなのだろう。たとえ両方が大差なく向上性に欠けるとしても。
「せんせいの服は? 制服、あるのに」
「ええ…、あれ着るともう暑すぎてふらふらしてくるからね。ちゃんと私だって気付いてもらえるし、目印の制服はなしでもいいかな」
「学校の先生はちゃんと制服着てない子を怒る」
「暑かったら上着は脱いでもお咎め無し、いや許すでしょ? ほら、持ってきてる」
私が白い上衣を見せると、少女は口許に丸めた人差し指を当てて、さながら探偵の真似である。気難しい顔で目を閉じていたが、落とし所を見つけたのか、目を開けた。私を見て、ゆるしましょうと言った。

随分ボロになっている。滅多に座る人が居ないのかもしれない。緑のくすんだ色や雨水が染み込んだような黒ずんだ色など入り混じった木製のベンチを見下ろす。引っ掻き傷がやけに目立つ。彫刻刀の練習をした小学生がいたのかもしれない。小学生というと、少女を思う。
思い出しがてら、ひとつベンチに腰掛けてもみようかなと、人差し指を座面に滑らせる。予想していたよりは汚れない。
座る。特に感傷的な思いも沸かず、ぼーっとして車両通行禁止のポールの向こうの往来を眺める。あの頃もこうやって過ごしていた。学生が自転車をとばす威勢のいい音が、時折耳を叩いた。
「あ」
という。あ、って何だ、なにかに気付いたのか。買い忘れでも見つけたのかしらん。
「…あ…?」
高校生が釘で打たれたように立ちすくんでいる。顔がこちらを向いていて、ベンチに何かあるのだと察して慌てて立ち上がる。全くペンキ塗り立てには見えんけどな…。私は尻をはたいた。或いは耐久性が落ちていて、大の大人の体重に負けてしまうのかもしれない。ベンチが限界を迎える前に席を立てたことに安堵した瞬間、次は他の誰かが憂き目に合うのではないかと危惧の感情が沸く。私が不遇するのなら…。
いや、今はそれどころではない。しきりに会釈を繰り返して、例の高校生の視界からお暇しなければ。空も暗くなってきていい時分だし、そろそろ帰ることにする。

「姉に話してやりたいので」
なんと私は先の高校生と顔見知りであった。彼が自動販売機の商品ボタンとどっこいどっこいの背丈の頃に、会ったことがあるのだと、高校生は説明した。
私たちはベンチに腰を下ろし(壊れかけではなかった。当然ペンキの乾かし中でもない)、朧だった記憶を再形成することに努めた。頬を撫でる風がひんやりと変わってきたのを目印に、別れの挨拶を交わす。
高校生はその日会ってから一番の笑顔を見せ、姉を彷彿とさせるその顔で、じつはと言う。
「こういうわけで」
頭髪が剥けたと思った所から、別の頭髪が豊かに降りてくる。肩口で切り揃えられた髪型を手早く整え、彼女は、とても楽しそうに笑った。