創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

褒めるな、にやける

2021/2/24

 

「どうしたの、気持ち悪い」

帰宅するなり掛けられた言葉がこれだった。家族が容赦ない。ただいまと言っただけなのに、返ってきたのは自分の帰宅を迎える言葉ではなかった。おかえりと必ず言ってほしいわけではない。しかし扉を開けて一言目に浴びせられる言葉は罵声以外のものであってほしい。今まで願ったことがなかったが、これは今後七夕の時短冊に書かねばならない重要案件だと気がついた。気持ち悪いとは言われたくない。

妹はさして興味無さそうに階段を上っていく。言葉で人を傷付けておいて逃げるとはなかなかの悪人である。とんとんという足音が気分の良い太鼓のように聞こえた。

 

台所の戸を開ければ、母が夕食の準備をしている。机に並べられた皿には、予め野菜が盛られていた。毎度の食事内容に大した興味は無いから、もうすぐ準備完了して食べられそうだという確認だけ済ます。鍋の中を覗いて今晩のメニューを確認する真似はしない。毎日違うものを料理しなければならない人というものには感心する。自分は拘りがないからカレーライスばかり食べることになっても何ら異常を感じない。自炊するなら同じものばかり食べるのだろうと予想している。少し一人暮らしが不安だ。

机の傍に荷物を置く。準備が出来るまで椅子にかけてぼうっと過ごすことにする。制服のジャケットは背もたれにかけて、足を投げ出してくつろぐ。母が、もうすぐ食べられるよ、という風なことを言ったのでおざなりに喉から音を出して返事をする。

「良いことあったか」

携帯を弄っていた父が文脈を弁えず言う。そもそもここに弁えるべき文脈は無かったし、この家で話の流れを考えろと説教垂れるのはお門違いである。のそりと視線を動かし、発声者の方を見る。いつもと恐らく同じ顔をしている父を見ていると、次第に自分の顔がにやけてきた。口角が留まることを知らず上がっていく。

父親の顔面と関係あるはずがなかった。

 

今日の昼下がり、休み時間のことである。

なんとなく、青い空を見上げながら弁当を食べたくなって、どこか屋上へでも行ける抜け道はないかと探していた。弁当箱を持ったまま、うろうろと廊下をさ迷って、結局3分程して諦めた。本当は青空を眺めたかったけど、昼を食いっぱぐれるのは避けたかったのでいつもの場所へ向かった。そこはグラウンドと校舎の境みたいなところで、実際は靴を履き替えて来るべき所のような気がする。でも下駄箱を通ると遠回りになるから、いつも上履きのままで来ていた。夏でもひんやりしたアスファルトで、日中いつでも日陰になっているそこは、運動部が使用する道具が片付けてある倉庫の傍で、現在使われていない花壇が残っている。新校舎が建てられて、日が当たらなくなったから園芸できなくなったのだろうと思う。

ともかく、定位置で弁当を開いた。角の欠けたコンクリートが土壌を区切っている花壇をぼんやり見ながらレタスを食む。咀嚼音が脳内にこだまするのと、少し肌寒いここの空気とを静かに味わっていたら、珍しく人が来た。

なんとも気不味いものだが、弁当を片付けてこの場を離れても宛がないので、この人間が去るまで待つことにした。なにも、全く無知の相手ではなかった。クラスは違うが名前は聞いたことがある、紛うことなきガチ陽キャであろう人間だった。なぜかたまにフラッと目の前に現れて、特に何の役にも立たなそうなことを質問してきたり、世間話になりきれなかったような話題をふっかけてきたりするのだ。暇なのだろうか、などと考えるのは無礼かもしれない。だが、話の内容が無いよう、と言うしかないほどすっからかんだから、暇人なんだと思っている。自分の所で暇を潰せているのかは些か疑問だが。

「文章書くの得意だよね」

突然そう言われる。俺の前で膝を折って、腿に肘を付き、掌に顎を乗せてやや見上げるようにしている。色素の薄いショートヘアが、彼が首をかしげるのに合わせてふわっと揺れた。楽しそうな顔をしていた。

自分は楽しくはなかった。脈絡がない。自分の文章を見せた記憶はない。提出を迫るのは学期ごとの反省文や抱負文、小論文くらいしかないが、どれも担任に提出するのだからいち生徒である彼の目に触れることはないはずだ。拾い読みでもしたのだろうか、物理的に。原稿用紙が廊下に落っこちていて、それを拾われたのならあり得ない話ではなさそうだ。

「嫌いではない」

「俺ね、結構いろんな人の書く文見てきたんだけどさ、」

しゃがんでいた姿勢を崩し、どこともなく背を見せて歩き出す。なんだか俺の言葉が聞こえていなそうな一方通行具合を感じたが、話すのが好きな奴には話させておけばいい。自分は黙っておく方が楽だから何も言わなかった。

細い体は花壇の縁をなぞって歩く。暑くなんかない気温だろうに、シャツの腕を捲っている。なぜジャケットに腕を通さないのだろうか。肩から掛けているだけだ。彼は日陰をゆっくり動き回りながら、話を続けた。

「ずば抜けて上手いよね。全体の構成も、文自体の内容も、読んでて好感が持てる」

そのあと、背中越しに顔を向けて、俺の文章が好きだと言った。ふいを付かれたような、鳩が豆鉄砲食らったような、階段を踏み外した時のような衝撃が走った。自分は気が付くと笑んでいて、上がってやまない口角を見せないようにと下を向いた。陳腐な褒め言葉くらいでにやにやと変な顔をするのを見られたくないというよりは、そもそも自分の笑っているのを他人に見られることに抵抗があった。弁当箱は膝の上、右手に箸を持ったまま、俯いて顔面崩壊している。なぜだか無闇に嬉しくて、彼が言ったのが嘘か真かなんてさておいて、どんな手段で俺の書いた作文を読んだのかもいっそどうでもよくなって、口許を手で覆っていた。

彼はいつものごとく自身にとって何の足しにもならなそうな世間話のなりそこないみたいな話をして、次の授業が体育だからと去っていった。

 

...と、いうことがあったのが原因であることは容易に見当がついたのだが、俺は椅子の背凭れに頭を乗せて天井を見たまま黙っていた。答えたくなかったというのではない。答えたって何の差し障りもなかった。なんとなく喉に留まったのは、自分以外の人間にこの嬉しさのような良い感情がわからないだろうと見限ったからなのか。自分の選択の理由は不明だが、それを突き詰める前に夕食の用意が出来たらしい。妹を呼びに行けと言われ、席を立つ。父親が物珍しそうに俺を見た気がするが、無視をした。

結局良いことがあったかという質問に答えていないままだが、その後問い詰められることもなく、夜が更けていく。ベッドに仰向けに転び、照明の光が目を焼き刺す不快感さえ夜長を励ます。夜は嫌いではない。昼のことを思い出して、眠りに就いた。

 

予備校で褒められた内容そのまんま使った。有り難うございます先生。実際にやけが止まらなかった。

因みにこれBLですが、文章褒めた男子の髪色は青みがかった銀髪でイメージしてます。どうでもよかったですか?そうですか。あと、もちろん作文を覗き見たツテは先生です。顔が広いので、頼み込んで見せてもらうくらい当然のように行う。手段は選ばないタイプ。めっちゃ好きでしょう?攻めだから...。