創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

向こうで(一カラ一)

ストーリー展開が当初思っていたものよりも暗くなってしまったが、供養の意味を込めて投稿。
――
 
ずっと、自分はずれているのだと思っていた。
中学に入ってから徐々に噛み合わなくなった社会と自分。普通、なんて大分前からどこかへ消え失せた。自分が普通であるとは到底言えないし、一方で周りが皆普通であるとも言えない。どいつもこいつもおかしいところは持っている。
ただ、矢張俺だけが普通ではないと思いたがっている節もあって、社会からはみ出した僕という構図が少し気に入っていた。他の奴には理解出来ない境地に居るものだと思い込む傲慢さに嫌悪を覚えても手放さなかった。
地味にアイデンティティだった。
 
へぇ、と言うのが最初の感想だった。手を動かしながら回想に耽る。どこから仕入れた情報だったか、もう忘れたが、あの時確かに俺という人間の地盤が揺らいだのがわかった。どれだけ大きな期待を寄せられようと、どれだけ金や時間を費やされようと、絶対理解出来ないと思い込んでいた向こう側の思考に、納得できてしまった。驚いた。社会性が死滅していなかったのか、と拍子抜けするような感嘆を覚えた。世間の人間らと全く相容れないわけではないらしいことが発覚した。所詮、俺もその程度、共感できてしまう凡人なのかと嘆息したい気分になったが、振り切って開き直る。
 
俺はこれから一遍死んでくる。
 
数日前だったか、ふと目に入った言葉があった。
「死後の世界があるのかはわからない、でももしあるのなら、そこに君ひとりでは行かせられない」
全く、呆れる。思い出して鼻から息を吐く。日頃こんなことばっかり考えているのだろうか。俺は。だとしたら相当脳内が侵されている。君って誰だよ、そう言えないところまで、進行した侵食。嘲笑しか思い付かない。笑っとけ。
世にある漫画なり、ドラマなり、そういう所謂恋愛とやらを扱った代物は、基本相手より先に死にたがる。それが不可解だった。俺と世間との考えが合わない一点として挙げられるものだった。碌に恋愛したこともない野郎が何をほざくかと一蹴されるのは目に見えた。自身でも同じことを突っ込んだ。だが自慢じゃないが、特定の相手に対する懸想は人並みに、否、自分の中でブラックホール的な超物質になっていてもおかしくないレベルで経験がある。抱え込んで何年過ごしたことか。
因みに、超物質の爆発よりも、事態の好転の方が先に訪れて、だからまだ俺は死んでない。
 
ところで、やっぱ好きな奴残して消えるって怨霊とか地縛霊になって迷惑しか掛けない自信がある。試しに死んでみてもいいけど、死後の世界が存在しなかったら俺って死に損じゃね?...いや、そもそも生きてる状態も損なんだし、どっちもどっちか?
「なぁ...」
「どうした?」
考えても堂々めぐりなのが自明だし、一旦思考放棄したかったし、疲れた。生きても死んでも損を与えるか感じるかの板挟み、どっちに立つのもめんどくさい。行動力がさっきまでの思索でゼロになった。階段を降りて居間を覗くと、丁度良くカラ松がいるのを見つけた。テレビの音声が聞こえるが、あいつが見ているのはテレビ画面ではなく手鏡である。見てねぇなら消せよと、前にも同じことをしていたから言ったのだが、曰く「音は聞いている」らしいので、パーカーのフードの中に未開封の牛乳パックを入れてやった。首が絞まる疑似体験という貴重なイベントを涙目でこなしたカラ松だったが、見ていて余計腹が立った覚えがある。
ついでに、後で俺も疑似絞首を味わおうと思っていたのに忘れ去っていたことを今思い出した。
「...や、めんどくさいな...」
ドラマの再放送をしているテレビをなんとなく視界に収めながら、ちゃぶ台の傍にうつ伏せに寝転んだ。疑似絞首に関しては、カラ松をパシって冷蔵庫から牛乳パックを調達させればいいだろう。そんでついでに執行もさせれば快の上を行く快だな。最高。
ま、今はいいや。疲れてるし。俺が。
 
再放送のドラマはありきたりな刑事物で、温泉行って殺人が起きて云々という、「湯けむり殺人事件」のサブタイトルまでベタなものだった。誰が見ているのか疑問だ。どんだけ暇な奴が見るんだよ。他にやることあるだろ、全然興味も無いし盛り上がりにもかける再放送のドラマ見るメリットってなに?睡眠導入剤扱いなわけ?
「いやむしろ目が冴えるわ」
「?一松?」
「...お前って寝るためにこれ見てんの?」
正確には、見ているのではなく、聞いているのだが。画質の粗い映像は、湯けむりものでよくある海辺の岩場に一同集結のシーンを映している。画面を顎で指して問うと、カラ松は即答で否定した。昼寝要員じゃなければなんでもって学校で見せられる教育ビデオ的苦痛を与えるドラマを見ているのか。まさかこういうのが趣味なのか。このドラマの持つ要素のどれかがこいつの好みに刺さっているのか。まじか。
「人の声が聞こえないと、耳寂しくてな」
あのドラマのファンではないらしい。
「...はぁ」
俺は顔をしかめた。耳寂しいってなんだ?誰の声でもいいのかよ。幼稚園のフェンスにでも貼り付いてろよ、と言いかけたが今日は確か日曜だった。残念だ。
俺は顔をテレビに向けた。なんか反応しづらい回答だった。俺は静かな方が落ち着く。なんでもいいから音を寄越せ勢の意見はよくわからない。どっちが世間なんだろうか。これも俺が外れているのだろうか。岩場で密になった演者たちがギャイギャイと喚いている。そして更なる殺傷が発生。腹部に小型ナイフを飲み込んで横たわる演者の一人。刺されたのが男か女か、画質が粗すぎて判別できない。というか、興味が無い。
こんな内容でも耳寂しさとやらを紛らすのに事足りているのか、ちらとあいつの方を伺う。テレビ要らなくね、鏡に熱心じゃん。
「...ねぇ、俺一旦死んできていい?」
「は?死...?」
あ、耳機能してんだ。俺はちょっと嬉しくなった。
「死後の世界の下見にでも行こうかと」
「死んだらもう会えないだろ」
そうだよな、普通、に考えたらそうなるよな。心の中で頷く。でもなぜか、生と死が裏と表みたいに明確に区切られるとは思えなかった。死が生に繋がっている、というよりも、今生きているのか死んでいるのか明瞭でない感覚。勿論、死んだことがないから今は生きているんだろうけど。
「戻ってくればいいんでしょ」
たぶん戻れるし。そんな気がしていた。なんとも図々しく、あたかも自分が超能力者であるかのようなあり得ない物言いだった。言ってて自分が調子に乗っていることに吐き気がした。
「もし戻れなくても、俺はひとりでも困ら」
キリキリと視線が刺さって、思わず口をつぐんだ。カラ松が読解に困る複雑な表情で俺を見ていた。怒鳴るでもなく、泣くでもなく、何か強い感情を湛えていながら、それがどんな感情なのかわからない、見たことのない顔をしていた。俺にはそう見えた。こいつは一体何を考えている?
俺は何も言えないでいた。何も言わないで、相手の言葉を待っていたのかもしれない。唾を飲み込むのも苦しい沈黙だった。黙っていることが久々に辛かった。カラ松はおもむろに視線を落とした。もう手鏡は見ていなかった。
テレビから場違いに騒がしいノリの音声が流れる。CMがこんなにうるさいと思ったのは初めてだろう。
テレビの音声に惨敗した声量で、やめろとカラ松は言った。きっと声なんて出ていなかった。口パク状態だったはずなのに、俺の耳には聞こえた。はっとして相手の目を見ずにはいられないような、深刻な声色で、聞こえた。
 
はっきり言って、混乱した。俺が何か気に障ることをしでかしたらしいことは察した。たぶん死を示唆したことが絡んでいる、が、俺が事あるごとに死のうと考えるのは最早習慣だし、これを否定されたらアイデンティティの崩壊待ったなしって感じだ。よくわからなくて、でも真剣な話だと理解して、テレビを消した。
「...あの、俺はその、」
「いちまつ」
「え、...はい」
「俺はお前がいないと寂しい。寂しい、し...それを考えるのも寂しい、というかしんどい」
それきり俺たちは黙りこくった。もう二度と死んでくるって言うんじゃねぇぞ、というオチなのだろう。それは十分にわかった。死ななければいいんだろ、お前より先に。
俺もお前がいなくなったらと考えるとなんだか悲しくなる。もし俺に対して悲しみを抱いてくれるなら、その悲しみの辛さを味わってほしくないと思っていた。お前が悲しまないために、お前が先に死ね。悲しいとか苦しいとかいった感情は、俺だけが知ればいい。そういうことだろ?
 
「...じゃあお前、俺より先に死ねよ」
なんか早まるなって止められたから、結局世間とは違う回答でいくことになりそう。まぁいいか、こいつなら、もし死んだ後もある程度ひとりでなんとかなるだろ。死後の世界ってやつがあるのなら。