創作に人生さきとう思うんだ

二次創作ばっかしていたい。

99円の損失です(カラ一カラ)

「100円入れたら1円になって返ってきた...気がする」
電車に乗るため、切符販売機で各々が行き先までの切符を買い求めていた。目的地は5つ離れた駅で、しかし特に何の用も無かった。強いて挙げるならば海へ行こうとしていた。
「は?」
一松は眉根を寄せて相手を見る。その目は誰がどう見ても相手を睨み付けていた。恐らく本人も否定はしない。不機嫌そうなオーラをびしびしと放ち、ガン付けている。
相手はというと、これはカラ松だが、この不必要に強い威圧に怯みながらも、たどたどしく口を開けた。
「いや、だから...100円が1円に...」
「それもう聞いたから」
はあ、と敢えて大げさに吐いたため息に過剰に反応され、より不機嫌さを滲ませる一松。機械が硬貨の認識間違いなんて起こすのか、と言葉にしてやると、カラ松は真面目くさって静かに唸った。別に答えなぞ問うていないから答え探そうとすんのやめろよと内心で悪態を付き、一松はやはり相手を鋭く睨んだ。
「で、それがなんなの」
「え、なにって」
「だから、機械に金ちょろまかされたとして、お前どうしたいの」
至極面倒そうに一松が尋ねる。カラ松は、自分が投入したはずの100円玉が1グラムのアルミの硬貨1枚に差し替えられて吐き出されたあの時の、虚しい落下音を思い出していた。あまりに軽々しい音に肩すかしを食らった気分で、確かにショックだったが、夢のようにも思った。まさか機械がミスするはずはないと信じたい思いと、貴重な金を不当に騙しとられた無念と怒りのようなものが入り交じった。自分が絶対に100円玉を入れたのだと主張できるならば直ぐに駅員に訴えに行った。
しかし、絶対と言い切れるほど、自分の行動に確信を持てなかった。
「たぶん100円入れたんだ...だから1円に化けたのはおかしい...。でも俺が入れたのが1円だったらと思うと駅員にクールでない俺を晒すことになる...」
悩ましげに眉を下げ、どこかの床を見ながらぼそぼそとぼやくカラ松。右手は額から鼻にかけてを覆うように添えられ、見ていてゾッとする。一松はそう思った。うじうじ悩みながらカッコつけてんじゃねぇよ。だんだんとカラ松の脚を蹴り飛ばしたくなってきた一松は、自分の足がそわそわするのを感じた。
「いやしかし...これはこの不況と言われる時世に鉄道会社への寄付をしたことになるのかもしれん...。ならば俺は社会に貢献せしスーパーカインドな男、まぁ些か計算外の事態ではあるが...」
まだなにか呟いている。この間も、例の気取っているらしいただただ無遠慮に周囲の人間の鳥肌を掻っ攫うポーズで立っている。
うるせぇな...。
「あだっ!?」
「...」
我慢の限界である。一松は、自分はかなり耐えたと思っている。一切聞く耳を持たずに蹴り飛ばしたって良かった。100円が1円に変わったって?日頃のバチが当たったんだろ。機械ですらお前にはちゃんとした応対をしたくないとよ。
ざまぁ。
そうやって嘲って話をぶったぎったって構わなかった。なぜ延長させたんだろう、愚かな自分。一松は、後でうずくまっているであろう男を置いていく。距離が徐々に伸びていく。
「一松...!?ちょっと」
大勢が行き交う構内で、残されたカラ松が遠くから叫ぶ。なんでそんなに執着しているのか。そんなに金が惜しかったか。
「そんなに99円が惜しいならひとりでクレーム入れとけば」
普段は周りに人が居るからと、大声なんて出して悪目立ちするのは死んでも避けたいが、現在それを気にする余裕は無かった。いらいらしていた。向こうに置き去りのバカにもしっかり届くように、大きな声を出す。吐き捨てる。感情も一緒に声に乗って、我ながらめちゃくちゃ憤怒している声色が完成したことに驚く。相手は突然顔面に札束をぶつけられたらそういう顔になんのかなって想像できるような不思議な顔をして、でもやっぱりその場から動かないでいた。
一松は歩き出す。もういいや。別に。海くらいひとりで行けるし。波の音聞きに行くだけだし。横に誰が居ようと、居まいと、聞くのは俺の耳だし。
背中に99円でごねるバカの気配が残っている。歩を進めるごとに遠ざかる。遠ざかっている、はずだ。一緒に同じ場所を目指して家を出たのに、一緒に目的地に到着しなかったというオチ。笑える。残念?全然。
改札が近づく。これを越えたら別の世界に入るような、別の世界へ出るような、冒険的な心を刺激される。あのバカとの冒険は無くなったんだな。
 
騒々しい人々の流れは留まることを知らないようで、延々とどこかを目指して流動する。改札という堰すらその動きを止めることは出来ないらしい。しかし、俺にとっては迫り来るそれが、手の中の切符一枚が、異常に重たかった。立ち止まりたい。でも後ろがつかえる。嫌がる心とは裏腹に、足は着実に改札を目指す。ああ。
 
「...待ってくれ!」
雑音が消える。だだ、と走って追い付いた声は、なんの躊躇いも無く改札の扉を開ける。小さな穴の開けられた切符を回収して、俺の数歩先で振り返る。その顔は、無垢に冒険を心待ちにするクソガキみたいだった。
「あれ、お前、来んの」
「99円はくれてやるさ」
「...まだ言ってんだ」
 
 
 
 
 
99円の損失よりも大事なもの