「かわいいジェラシー」
今はパリでメダルを目指して成果を発揮しようと頑張っている選手がいることを新聞が報じている。暗黙の了解として日本陣営のメダル進捗が気になるだろうといわんばかりに、新聞の一面、右端の紙面内容抽出欄には、日本がこれまでに取得したメダルの数が示されている。むかつく明朝体の種別つきのアイコンが微妙にださい。今日の日を記すために、メダルの枚数もここに付す。しかしひとつ、私はメダル計測システムはあまりいい気分にならない、とだけ申す。全員金メダルを受賞すればいじゃない、という主張はしていない。そんな慣れ合いは不要。そうじゃねえのだ、スポーツによってあからさまに競っているところが、戦争と違わないよなっていう主張に同調しているんだ。血が流れない、意図的に殺さない戦争を、オリンピックと呼ぶのか。切実だね、ドーピングも起きるし。
金、銀、銅、8、3、4。復号同順。
たぶん「復号同順」はプラスとマイナスのことを呼んでいるから用例として不適だ。
没。
聖剣伝説2のダークリッチ戦BGMは不気味で作業用としては適さない。音に集中してしまう。最近はこのように他が手に付かなくなる怖さというのを滅多に経験しなくなったので、これはレアであり、重宝すべきところかと思われる。20余年生きて鈍麻した感性に訴えかけてくる怖さは大事に抱えるべきだ。
没。
「不調…」
キーボードの上の両手を持ち上げて反対に返し、掌を見下ろした。少し強張っている。何度か握って開いてを繰り返し、血流の良化を試みる。変化は実感できなかった。youtubeで再生しているゲームのプレイ画面つきサウンドトラックのタブを押下し、台詞とキャラの動くのを眺める。このゲームは自分ではクリアしていない。そんなゲームタイトルが沢山に増えた。実況ばかり見ているからである。自分でやるより気が楽なので良い。ゲームをクリアするために使う時間を取れないと建前して積みゲーを片付けない自分に、大人になったね、と感想することもある。全くいい意味ではない。いつまでもゲームをやりたいと思える心を持っていることが難しいとわかった。youtubeで倍速再生すれば等速よりも多く経験できるのだと気がついてから、
没。
「不調…」
キーボードの上の両手を持ち上げて反対に返し、掌を見下ろした。少し強張っている。何度か握って開いてを繰り返し、血流の良化を試みる。変化は実感できなかった。作業用BGMとして聞いている聖剣伝説2のBGMに耳を傾ける。小説の流れも、オチも、場面設定もなにも見えないのは、これはいつものことだった。今日はいつにも増して筆の乗りが悪いので、書き始めればなんとかなる日ではないらしい。一旦小説を傍に避けて、音に意識を寄せた。
気が付くと右手の親指をずっと掻いている。親指の背に虫刺されのような痒みの中心がある。ひと月前からあると記憶している。一向に消えない。そしてたまに痒みの波が立つ。痒み止めやら軟膏(で治るのか知らないが)やらといった処置は一切していない。だから治る様子がないのだろうか。親指の皮が、所々で剥がれそうになっているので、慌てて掻くのをやめた。文は書けないし、親指は微かな存在感で掻痒感を示してくる。しかし掻けない。皮が剥けると水場で困るのだ。
右手親指を反対の掌で握り込み、これでもか、これでもか、と無意味に敗北を促しているのを見られた。妹だった。段ボールを抱えている。重いのか、姿勢は中腰だ。肘で引き戸をずらし、コントを繰り広げる私を眼中に収めた瞬間の顔は引きつっていた。すぐに繕うがごとく表情を緩めたが、強張った顔をしている。
こんな場を和ませる義理は私には無いと信じるが、行き詰まっているがゆえに些細な刺激でも欲する。他人との会話ってやつを試すことにした。
「ハリーポッターの新聞欲しいよな」
「親指とプロレスできるから?」
妹は折れそうなほどに首を傾げて、なんだこいつといった疑問を垂れ流しながら部屋を出て行った。会話は始まってもいなかったが、終了した。仕方がない。こういうことはざらにある。未だに痒さのある親指を、平手で叩いた。骨の固さが痛い。左手にダメージ。